イエス、その生涯とメッセージ:イザヤの預言

著者: ピーター・アムステルダム

4月 30, 2019

[Jesus—His Life and Message: Isaiah’s Prophecy]

January 29, 2019

『パリサイ人との衝突』パート1~4では、イエスの時代にパリサイ人(ファリサイ派)として知られていた宗教指導者たちが、イエスとそのメッセージに対していかに激しく反対してきたかを見ました。マタイ12章には、イエスが片手のなえた人を安息日に癒やされる様子を見ていたパリサイ人たちの反応が書かれています。[1] 彼らは、その人の手が治ったことを喜ぶ代わりに、「出て行って、なんとかしてイエスを殺そうと相談した」 [2] というのです。そして、「イエスはこれを知って、そこを去って行かれた。ところが多くの人々がついてきたので、彼らを皆いやし、そして自分のことを人々にあらわさない[知らせない]ようにと、彼らを戒められた。」 [3]

福音書の所々に、イエスは命をなげうつ時になるまでに、危険にさらされそうな状況から幾度も離れられたことが書かれています。たとえば、バプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)が捕らえられたと聞いた時には、ガリラヤへ退かれました。[4] ヨハネの首がはねられた時には、「舟に乗ってそこを去り、自分ひとりで寂しい所へ行かれた」 し、[5] パリサイ人と激しく口論した後は、「そこを出て、ツロとシドンとの地方へ行かれた」 [6] とあります。十字架刑へとつながる最終的な対立の時が訪れた際には、他の人たちのために命をなげうつという、父なる神の計画に沿って動かれました。しかし、その時までは、一つの場所で迫害にあったなら、他の場所へ移動するという、ご自身が弟子たちに与えた指示そのままに生きられたのです。[7]

マタイ12章に戻りますが、イエスの宣教生活のその時点においては、パリサイ人がご自身に対して陰謀を企てているのをご存知だったため、賢明にもそこを立ち去られました。しかし、多くの人がイエスについて来たので、彼らの病気を癒やされたけれど、イエスが世間の注目や評判を求めておられなかったことは、「自分のことを人々にあらわさない[知らせない]ようにと、彼らを戒められた」 [8] ことから明らかです。ご自身の仕事を、群衆から離れてひっそりと、一対一で、あるいは弟子たちと共に、行うことを好まれたのです。マタイは、イザヤ書からの引用(イザヤ42:1–4)をして、旧約時代の預言者であるイザヤが描いた理想的な神の僕の姿をイエスが成就されたと教えました。マタイ書のこの箇所は、福音書にある旧約聖書からの引用としては、最も長いものです。イザヤ書から引用することによって、マタイは「イエスがどんな方であり、その活動の仕方がどんなものであったのかについて、本質的な事実を明らかに」 [9] しています。

これは預言者イザヤの言った言葉が、成就するためである、「見よ、わたしが選んだ僕、わたしの心にかなう、愛する者。…」 [10]

ここで神に選ばれたという人は「僕(しもべ)」と呼ばれていますが、それは、この箇所全体に流れている謙虚やへりくだりという概念を言い表した言葉です。イエスはマタイの福音書で8回、「ダビデの子」と呼ばれており、それは、メシアが王位継承者であることを示しているのですが、この箇所でマタイが強調しているのは、僕としてのイエスの役割でした。

「彼は争わず、叫ばず、またその声を大路で聞く者はない。」 [11]

他の翻訳聖書では、「彼は言い争わず、叫ばず」[12] 「彼は争うことも、声を上げることもせず」[13] 「彼は争わず、叫ばず、人前で声を上げず」[14] などと訳されています。イエスの宣教の仕方は謙虚なものでした。ご自身も、次にように語っておられます。

「わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。」 [15]

他の翻訳聖書では、「わたしは心優しく、へりくだった者」[16] 「わたしは心が優しく、謙虚な者」 [17] などと訳されています。悪を行う者には強く反対しましたが、イエスを信じよう、イエスに従おうと思わない人に対して、ご自身の意志を押し付けようとされたことはありません。争わず、叫ばず、大路で大声を上げることもないという預言は、イエスのメッセージの伝え方において成就しており、それはほとんどの場合、優しく穏やかであって、強引ではなく、厳しくあたったり、強要したりすることもありませんでした。ただ、後になって、エルサレムで宗教上の敵対者たちに立ち向かった時には、相手の偽善を暴くために、より強硬な態度に出られましたが。

「彼が正義に勝ちを得させる時まで、いためられた葦を折ることがなく、煙っている燈心を消すこともない。異邦人は彼の名に望みを置くであろう。」 [18]

葦はイスラエルに豊富に生えていた植物で、杖やペン、笛、物差し、わらぶき屋根の支えなど、数多くの目的で使用されていました。[訳注:葦と訳された言葉には、日本で葦(アシ、ヨシ)と呼ばれるもの以外にも、湿地に生育する様々な植物が含まれます。] 全国にかなり豊富にあるものなので、曲がったり折れたり傷ついたりして使い物にならなくなれば、ただそれを捨てて別の葦を使えばいいことだし、費用もさほどかかりません。燈心はともしび皿(オイルランプ)にひたして用いられるもので、亜麻糸の細長い布でできていました。もし、ちゃんと燃えず、そのせいで暗くなって、くすぶるようであれば、通常は燈心を消して、捨ててしまいます。燈心はかなり安かったので、よく取り替えられていました。

マタイはイザヤ書からの預言を引用して、いたんだ葦やくすぶる燈心を、打ちひしがれた人々になぞらえています。ある著者は、次のように説明しています。

つまり、この比喩的表現によって描写されているのは、打ちひしがれた人や傷つきやすい人を励まし、彼らが成功するチャンスを再び与えるのを厭わないという、驚くべき意欲であり、それは結果重視の社会がしようとしないことです。[19]

別の著者は、次のように書いています。

いたんだ葦やくすぶる燈心を何とか役に立たせようとしても、時間や忍耐が必要だし、かなりの苦労を厭わない気持ちが必要です。大抵の人は、そこまで厄介なことをしたがりません。同様に、私たちのほとんども、落ちぶれ果てた人に関わるような厄介なことをするだけの価値はないと考えがちです。そういった人がいったいどうやって立ち直れるのかが分からないのです。しかし、愛と配慮と忍耐は驚くほどのことを為せるし、それこそが、この預言者の語っていたことです。神の僕は、最後まで粘り強くやり抜きます。正義に勝ちを得させるまで、やり通すのです。[20]

マタイは、イザヤの預言(イザヤ42章)にある「僕」としてのイエスは、打ちひしがれた人や虐げられた人をただちに捨てたりとがめたりされないのだと教えるために、この箇所を引用したわけです。また、マタイは、イエスがユダヤ人だけではなく全ての人に救いをもたらされることを強調しました。「異邦人は彼の名に望みを置く」 とあるとおりです。他の翻訳聖書では、「彼の名に、諸国民は望みを置く」[21] 「諸国民は彼の名に望みをかける」 [22] などと訳されています。

引用元のイザヤ42章の文脈において、神の喜ばれる僕とはイスラエル民族を指しているのですが、章の後の方になると、彼らがこの任務を怠った様子が描かれています。

「耳の聞こえない人よ、聞け。目の見えない人よ、よく見よ。わたしの僕ほど目の見えない者があろうか。わたしが遣わす者ほど耳の聞こえない者があろうか。わたしが信任を与えた者ほど目の見えない者、主の僕ほど目の見えない者があろうか。」 [23]

イスラエル民族が神に忠誠を守ることを怠ったので、神はご自身の民の残りの者を「帰らせる」ために、イスラエル民族の中から一人の人(イエス)を選ばれました。

ヤコブをおのれに帰らせ、イスラエルをおのれのもとに集めるために、わたしを腹の中からつくって、そのしもべとされた主は言われる。(わたしは主の前に尊ばれ、わが神はわが力となられた) 主は言われる、「あなたがわがしもべとなって、ヤコブのもろもろの部族をおこし、イスラエルのうちの残った者を帰らせることは、いとも軽い事である。わたしはあなたを、もろもろの国びとの光となして、わが救を地の果にまでいたらせよう」と。イスラエルのあがない主、イスラエルの聖者なる主は、人に侮られる者、民に忌みきらわれる者、つかさたちのしもべにむかってこう言われる、「もろもろの王は見て、立ちあがり、もろもろの君は立って、拝する。これは真実なる主、イスラエルの聖者が、あなたを選ばれたゆえである。」 [24]

マタイがイザヤ42章から引用したのは、私たちが望みと信頼を置ける方とは神が御霊を授けられた方、御子イエスであることを知ってほしかったからです。イエスは人間の世界へ来るために天の広間を去り、平民である両親のもとに生まれて、1世紀のユダヤ人の質素な生活を送られました。イエスはへりくだった方であり、争うことも大声を上げることもせず、優しく親切で、人類の罪のためにご自分の命を犠牲にし、そうすることで、全てイエスを信じ受け入れた人たちが天国の門から入れるようにされたのです。


注:

聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。


参考文献

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1 マタイ 12:10–14.

2 マタイ 12:14.

3 マタイ 12:15–16.

4 マタイ 4:12.

5 マタイ 14:13.

6 マタイ 15:21.

7 マタイ 10:23.

8 マタイ 12:16.

9 Morris, The Gospel According to Matthew, 308.

10 マタイ 12:17–18.

11 マタイ 12:19.

12 マタイ 12:19.〈英語CSB訳より〉

13 マタイ 12:19.〈英語欽定訳より〉

14 マタイ 12:19.〈英語NLT訳より〉

15 マタイ 11:29.

16 マタイ 11:29.〈英語ESV訳より〉

17 マタイ 11:29.〈英語NAS訳より〉

18 マタイ 12:20–21.

19 France, The Gospel of Matthew, 473.

20 Morris, The Gospel According to Matthew, 308.

21 マタイ 12:20–21.〈英語NIV訳より〉

22 マタイ 12:20–21.〈英語CSB訳より〉

23 イザヤ 42:18–19.〈新共同訳〉

24 イザヤ 49:5–7.

 

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