イエス、その生涯とメッセージ:ペテロのいさめ

著者: ピーター・アムステルダム

5月 14, 2019

[Jesus—His Life and Message: Peter’s Rebuke]

February 12, 2019

前回の記事では、「あなたがたはわたしをだれと言うか」 [1] というイエスの質問に対して、シモン・ペテロが「あなたこそ、生ける神の子キリスト[メシア]です」 [2] という核心を突く答えを与えたことを、マタイ16章から読みました。イエスは彼の洞察を称賛して、「岩」を意味するペテロという名前をお与えになりました。[3]

このすぐ後の出来事が、次のように書かれています。

この時から、イエス・キリストは、自分が必ずエルサレムに行き、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえるべきことを、弟子たちに示しはじめられた。[4]

イエスは、ご自身がメシアであると弟子たちが理解したところで、メシアにはどのようなことが起きるのかを彼らに教え始められました。一つには地理的なものです。この時にはピリポ・カイザリヤ(カエサレア・ピリピ)にいましたが、それはおそらくイエスが旅された中でも最北の地でしょう。その後、彼らは故郷のガリラヤを通って南方のエルサレムに行き、そこでイエスはユダヤ教指導者たちと相まみえ、苦しみを受けて殺されることになり、さらに、3日後に死からよみがえるとおっしゃいました。

ユダヤ人は全般的に言って、メシアはこの世の政治的指導者であり、彼らの敵を倒し、エルサレムを政治的な権力基盤として統治を行うものと理解していました。また、メシアはダビデ王の子孫であり、エリヤが再来した後に現れて、メシア王国を建設し、その支配と権力は全世界に及ぶと。そのようなわけで、イエスがエルサレムで宗教指導者たちの手にかかって苦しみ、殺されると聞いたことは、ペテロ、そしておそらくは弟子の全てが、約束されたメシアについて理解していたこととは正反対に思えました。

メシアの役割に関するイエスの見方は、弟子たちの見方とは大幅に違っていました。メシアは苦しみと死を味わうことを、イエスは知っておられたのです。

人の子は祭司長、律法学者たちの手に渡されるであろう。彼らは彼に死刑を宣告し、そして彼をあざけり、むち打ち、十字架につけさせるために、異邦人に引きわたすであろう。そして彼は三日目によみがえるであろう。[5]

ペテロがイエスをメシアであると告白した後に初めて、イエスは弟子たちに、メシアは苦しみにあわねばならないということを理解できるよう助け始められました。

イエスが「長老、祭司長、律法学者たち」から多くの苦しみを受けるというのは、当時のイスラエルにおけるユダヤ人の最高権威であった大サンヘドリンという最高法院・最高議会のことを指して言っておられました。サンヘドリンは新約聖書で21回言及され、その他の箇所では長老会や議会とも呼ばれています。議長を務める大祭司は、イスラエルにおいてユダヤ教の最高権威者とみなされていました。(当時のイスラエルに対する政治的権威を有していたのは、ローマです。) ある著者は、次のように解説しています。

[イエスの受ける苦しみ]がサンヘドリンを構成する者たちから来るという事実は、神の民であるイスラエル民族の生活に対する責任を正式に負う者たちによって、イエスが公式かつ法的に拒絶されたということであり、それによって、イスラエルの正式な指導者たちがイスラエルのメシアを拒絶するというパラドックスが生じています。[6]

弟子たちは、イエスが殺されるという点に注目しすぎて、「そして三日目によみがえる」 という重大発言を見のがしていたようです。旧約聖書には、復活を明言しないものの、復活が起こることを示唆している箇所があります。「あなたはわたしの魂を陰府に渡すことなく…」 [7] 「主はいたくわたしを懲らされたが、死にはわたされなかった。」 [8]

ペテロはイエスをわきへ引き寄せて、いさめはじめ、「主よ、とんでもないことです。そんなことがあるはずはございません」と言った。[9]

この章の前の方で、ペテロは、おそらく全ての弟子が信じていたことを声にしたのでしょうが、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」 [10] と言っています。ペテロはここで再び弟子たちの代弁者を買って出たわけですが、今回はイエスの言葉に激しく異議を唱えて、そのようなことはメシアに起こるはずがないという、動揺と懐疑の気持ちを言い表しています。ペテロには、メシアが人から好かれ、歓迎されて成功すること以外、考えられなかったのです。

ここで使われている「rebuke(叱る)」は、とても強い言葉です。[訳注:和訳聖書では「いさめる」と訳されており、それは「目上の人に対して、その間違いを指摘し、改めるように忠告する」という意味です。] マタイの福音書の他の箇所では、イエスが風と海をお叱りになった時や、[11] てんかんで苦しんでいた子どもから追い出すために、悪霊をお叱りになった時[12] にも、同じ言葉が使われています。ペテロがイエスを「いさめた」ことには、彼の感じたショックと恐怖が表れているのです。ペテロにとって、「生ける神の子、メシア」であるイエスがユダヤ教指導者たちによって拒絶され、殺されるなんて、とんでもないことでした。彼からすれば、それは最悪の事態であるため、そのようなことが起こりうるとほのめかすだけでもよくないと、イエスをいさめ、「そんなことが、あなたに起こるはずはございません」と言ったのです。これはギリシャ語原文で、かなり断固とした言い方になっています。

イエスは振り向いて、ペテロに言われた、「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」 [13]

ペテロに対するイエスの答えは非常に強いものであり、身振りの描写がその厳しさをさらに増しています。ペテロはイエスを脇へ連れて行きましたが、イエスは振り返り、ペテロをまっすぐに見て、強くお叱りになりました。「サタンよ、引きさがれ」 という命令は、この福音書の前の方に書かれている、サタンが荒野でイエスを誘惑した時にイエスが発された「サタンよ、退け」 [14] という命令と似ています。ペテロに「引き下がれ」と言われたことは、イエスがペテロのいさめを拒絶し、退けたことを強調しています。

ペテロはイエスの最も忠実な弟子の一人であり、ほんの少し前に、主から「岩」と呼ばれ、その上に主の教会を建てようと言われたばかりでした。ペテロは自分の言ったことが「サタン」の言葉とされて、ひどく困惑したに違いありません。イエスはなぜ、それほども強く反応されたのでしょうか。ある人は、次のように書いています。

イエスがこの形容辞を選ばれたことは、むしろ、ペテロの「人間的な考え」の裏に、イエスをご自身の選ばれた道からそらそうとする試み、つまり、サタン自身がマタイ4:1–11でしたのと同様の試みが隠れているのを見抜かれたことを示しています。[15]

イエスは、ペテロがサタンの言葉を口にしたのは、ご自身を邪魔することだと言われました。ここで「邪魔」と訳されたギリシャ語の言葉「スカンダロン」は、他にも妨げ、つまずきの石、落とし穴、罠などと訳されています。ペテロが伝えていたメッセージは、妥協して容易な道を進むべきだとイエスを説得しようとするサタンのメッセージであるということを、イエスは指摘しておられたのです。それは本質的に、以前サタンが、人類の罪のための犠牲としてご自身の命を捧げるという使命からイエスを引き離そうとした際に、イエスを誘惑するために用いたのと同じメッセージです。

次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて言った、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう。」 [16]

サタンはそのようにして、苦しみも十字架の死もないという容易な道を進むようイエスを誘惑しましたが、今回はペテロを通して、再びイエスを誘惑していたのです。

イエスは、ペテロのメシア観が神のご計画に沿ったものでないことを指摘されました。ペテロに、「あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」 [17] と言われたのです。神の道は、常に私たちの道と合致するわけではありません。

わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。[18]

クリスチャンとして、私たち一人ひとりが、使徒ペテロの中に自分の姿を見ます。私たちは、霊的に研ぎ澄まされていて、はっきりと神の真理を見極め、つかむ時もあります。また、ペテロのように、神が私たちの人生に働きかけておられる道からそれてしまい、自分自身の願いや望みというプリズムを通して物事を解釈してしまう時もあります。

使徒ペテロはかなり人間的であったので、私はいつも彼に励まされてきました。ペテロは、ある時は信仰に満たされて、イエスのされたことや教えられたことを、驚くほどしっかりと理解していました。主から言われたとおりに水の上を歩き、[19] イエスの変容の場に居合わせ、[20] イエスが逮捕されようとしている時には、剣で守ろうとしたのです。[21] 「主よ、わたしたちは、だれのところに行きましょう。永遠の命の言をもっているのはあなたです。わたしたちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています」 [22] と言ったことさえあります。一方、気が弱くなってびくびくした時もあるし、イエスが十字架にかかられる前夜には、イエスと共に祈るために目を覚ましていることができませんでした。「[イエスが]弟子たちの所にきてごらんになると、彼らが眠っていたので、ペテロに言われた、『あなたがたはそんなに、ひと時もわたしと一緒に目をさましていることが、できなかったのか。』」 [23] また、イエスが逮捕された後は、自分自身が逮捕されないよう、イエスを知っていることすら3度も否定しました。[24] それなのに、イエスは復活の後、ペテロに「わたしの羊を養いなさい」と言われたのです。[25] それからペテロは前進し続け、大迫害があった時には、自分の信仰ゆえに命を捧げるほどになりました。

ペテロと同様、私たちそれぞれにも、信仰に固く立ち、主への献身を保つ時があるし、行動が信念と噛み合わず、確信が弱まり、揺れ動く時もあります。そんな時には、私たちもペテロのように赦していただき、確信と献身を新たにして、イエスの弟子として生きていこうと努めればよいのです。


注:

聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。


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1 マタイ 16:15.

2 マタイ 16:16.

3 詳しい説明は、こちらを参照:『イエス、その生涯とメッセージ:ペテロの信仰告白

4 マタイ 16:21.

5 マタイ 20:18–19. こちらも参照:マタイ 17:12, 22–23; 20:28; 21:38–39; 26:2.

6 France, The Gospel of Matthew, 632.

7 詩篇 16:10–11.〈新共同訳〉

8 詩篇 118:17–18.

9 マタイ 16:22.

10 マタイ 16:16.

11 マタイ 8:26.

12 マタイ 17:18.

13 マタイ 16:23.

14 マタイ 4:10.

15 France, The Gospel of Matthew, 634–35. こちらも参照:『イエス、その生涯とメッセージ:テスト

16 マタイ 4:8–9.

17 マタイ 16:23.

18 イザヤ 55:8–9.

19 マタイ 14:28–29.

20 マタイ 17:1–5.

21 ヨハネ 18:10–11.

22 ヨハネ 6:68–69.

23 マタイ 26:40.

24 マタイ 26:69–74.

25 ヨハネ 21:17.

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