著者: ピーター・アムステルダム
2月 8, 2022
四福音書には、それぞれ、イエスが逮捕された時の様子が記されています。本記事では、マタイの福音書を中心に扱うと共に、他の福音書からも部分的に引用していきます。
ゲツセマネの園で、イエスは、「この杯」つまり十字架刑と死を過ぎ去らせてくださいと、父にお願いされました。しかし、それに付け加えて、自分の思いのままにではなく、父の御心を行いたいとも言われたのです。[1] 園にいる間、イエスは一緒についてきた弟子たちに、目を覚まして祈っているよう求められましたが、弟子たちは疲れていて、その度に眠りこんでしまいました。そしてイエスは、祈り終わってから、弟子たちにこう言われました。
「立て、さあ行こう。見よ、わたしを裏切る者が近づいてきた。」 そして、イエスがまだ話しておられるうちに、そこに、十二弟子のひとりのユダがきた。また祭司長、民の長老たちから送られた大ぜいの群衆も、剣と棒とを持って彼についてきた。[2]
四福音書すべてに、ユダがイエスを裏切ったことが書かれています。ヨハネの福音書には、「ユダは、その所をよく知っていた。イエスと弟子たちとがたびたびそこで集まったことがあるからである」 [3] とあります。また、マルコの福音書には、祭司長や民の長老たちから送られた人たちと共に、律法学者たちから送られた群衆もいたことが書かれています。[4]
ユダがつれてきた群衆は、剣と棒とで武装していました。ヨハネの福音書には、こうあります。「さてユダは、一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役どもを引き連れ、たいまつやあかりや武器を持って、そこへやってきた。」 [5]
この人たちはローマ兵ではなく、宮守(神殿の守衛)や、おそらくはサンヘドリンの代表として送られた役人たちのことです。
イエスを裏切った者が、あらかじめ彼らに、「わたしの接吻する者が、その人だ。その人をつかまえろ」と合図をしておいた。 [6]
マルコの福音書では、ユダが「その人をつかまえて、まちがいなく引っぱって行け」 [7] と話しています。イエスだけを捕らえて、弟子たちは捕まえないというのが、彼らの計画でした。ゲツセマネは暗くなっているであろうし、弟子たちがイエスと一緒にいるはずなので、ユダについてきた人たちは、イエスを見分けるために、何らかの合図を必要としました。そこでユダは、彼の接吻する相手が、捕まえるべき人だと言いました。接吻は一般的な挨拶のし方だったので、特に変わったことをしているわけではありません。しかし、ユダはそれを、裏切りの相手を特定する手段として用いたのです。
彼はすぐイエスに近寄り、「先生、いかがですか」と言って、イエスに接吻した。[8]
ルカの福音書には、イエスが「ユダ、あなたは接吻をもって人の子を裏切るのか」 [9] と言われたと書かれています。
しかし、イエスは彼に言われた、「友よ、なんのためにきたのか。」 このとき、人々は進み寄って、イエスに手をかけてつかまえた。[10]
ユダはイエスに、友に挨拶する時のように接吻しましたが、ユダの接吻は裏切りのしるしであって、友情のしるしではありませんでした。兵卒たちや、祭司長から送られた下役たちは、イエスに手をかけて捕まえました。
すると、イエスと一緒にいた者のひとりが、手を伸ばして剣を抜き、そして大祭司の僕に切りかかって、その片耳を切り落した。[11]
弟子の一人が剣を抜いて、大祭司の僕の片耳を切り落としたことは、どの福音書にも記されていますが、ヨハネの福音書には、他よりもう少し詳しい説明があります。
シモン・ペテロは剣を持っていたが、それを抜いて、大祭司の僕に切りかかり、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった。[12]
ルカの福音書には、こんな記述もあります。「イエスはこれに対して言われた、『それだけでやめなさい。』 そして、その僕の耳に手を触れて、おいやしになった。」 [13]
そこで、イエスは彼に言われた、「あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる。」 [14]
イエスがすぐにペテロを止められたのは、彼が逮捕されないようにとのことだったのかもしれません。特に、ルカの福音書には、イエスが僕の耳を癒やされたとあるので、そのように思えます。
「わたしが父にお願いできないとでも思うのか。お願いすれば、父は十二軍団以上の天使を今すぐ送ってくださるであろう。しかしそれでは、必ずこうなると書かれている聖書の言葉がどうして実現されよう。」 [15]
ペテロは、自分が何をしているのかあまり考えることなく、性急に行動してしまいました。イエスは、必要とあれば、父がイエスを助けるために、天使の軍団をいくつも送ることがおできになると言われました。軍団とは、5千人の歩兵に騎兵が加わって、編成されていたものです。父がイエスのために軍団を一つ、そして11人の使徒たちそれぞれのために一つずつ、つかわすことができるということであり、それは十分すぎると言えます。イエスは、もし武力が必要なら、僕の耳を切り落とすという手段に頼らずとも、他の方法が取れるということを明確にされたわけです。
しかし、他にも注目すべき点があります。聖書の言葉が成就されることの大切さを、イエスが語られたということです。もし父が、ユダや、イエスの反対者たちを打ち破るため、天使の大軍を送られたとしたら、聖書の言葉が成就することはなかったでしょう。神の計画は預言の言葉に記されており、それは必ず実現します。イエスも、「必ずこうなる」 と言われました。
そのとき、イエスは群衆に言われた、「あなたがたは強盗にむかうように、剣や棒を持ってわたしを捕えにきたのか。わたしは毎日、宮ですわって教えていたのに、わたしをつかまえはしなかった。しかし、すべてこうなったのは、預言者たちの書いたことが、成就するためである。」 そのとき、弟子たちは皆イエスを見捨てて逃げ去った。[16]
ここでイエスは、弟子たちだけではなく、群衆にも向けて語っておられます。彼らは、イエスがされたことや教えられたことを知っていました。なぜなら、イエスの癒やしや奇跡、また多くの教えは、公の場でなされていたからです。それなのに、イエスを捕らえに来た人たちは、まるでイエスが取り押さえないといけないような強盗であって、逮捕に抵抗して暴力を振るいかねないかのように、剣や棒を持ってやってきたのです。
イエスは、剣や棒は必要ないことを指摘されました。毎日、宮(神殿)で教えておられたのだから、ただその公然の場で捕まえたらよかったのだ、と。しかし彼らはそうしませんでした。権威者たちが民衆を恐れていたからです。逮捕に来た人たちは、武器を持って、周りに大勢の人がいない夜にイエスを捕らえにきました。彼らの関心は正義ではなく、ただ、イエスを取り除きたいだけだったのです。イエスは、ご自身を捕らえに来た人たちや同行者たちに、すべてこうなっているのは、旧約聖書で預言者たちが予告していたことが成就するためだと言われました。
(続く)
注:
聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。
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1 マタイ 26:39.
2 マタイ 26:46–47.
3 ヨハネ 18:2.
4 マルコ 14:43.
5 ヨハネ 18:3.
6 マタイ 26:48.
7 マルコ 14:44.
8 マタイ 26:49.
9 ルカ 22:48.
10 マタイ 26:50.
11 マタイ 26:51.
12 ヨハネ 18:10.
13 ルカ 22:51.
14 マタイ 26:52.
15 マタイ 26:53–54.〈新共同訳〉
16 マタイ 26:55–56.
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