イエス、その生涯とメッセージ:ヘロデの前のイエス

著者: ピーター・アムステルダム

4月 5, 2022

[Jesus—His Life and Message: Jesus Before Herod]

March 15, 2022

四福音書[1] それぞれに、イエスがポンテオ・ピラトの前で受けた裁判について書かれています。しかし、イエスがピラトによってヘロデ王のもとに送られたことを記している福音書は一つだけです。

それはルカの福音書です。ローマ総督ポンテオ・ピラトは、イエスが無罪であると言いました。

そこでピラトは祭司長たちと群衆とにむかって言った、「わたしはこの人になんの罪もみとめない。」 [2]

しかし、祭司長たちと群衆とはピラトの言葉に同意せず、自分たちの考えを伝えました。

ところが彼らは、ますます言いつのってやまなかった、「彼は、ガリラヤからはじめてこの所まで、ユダヤ全国にわたって教え、民衆を煽動しているのです。」 [3]

他の英訳聖書では、群衆が「いつまでも言い張った」(CSB)、「ますます激しい口調になった」(KJV、NKJV)、「しつこかった」(NLT)と訳しています。祭司長たちと群衆がピラトの判決に満足していなかったことは明らかです。

ピラトはこれを聞いて、この人はガリラヤ人かと尋ね、そしてヘロデの支配下のものであることを確かめたので、ちょうどこのころ、ヘロデがエルサレムにいたのをさいわい、そちらへイエスを送りとどけた。[4]

このヘロデ・アンテパス(アンティパス)は、ヘロデ大王の息子の1人です。ヘロデ大王の死後、パレスチナ地方は息子たちの間で分割されました。ピリポ(フィリッポス)、ヘロデ・アンテパス、アケラオ(アルケラオス)です。ヘロデ・アンテパスは、ガリラヤとペレアの領主となりました。バプテスマのヨハネ(洗礼者)の首をはねたヘロデは、この人です。[5] この福音書の前の方で、イエスは彼に用心するようにとの忠告を受けていました。

ちょうどその時、あるパリサイ人たちが、イエスに近寄ってきて言った、「ここから出て行きなさい。ヘロデがあなたを殺そうとしています。」 そこで彼らに言われた、「あのきつねのところへ行ってこう言え、『見よ、わたしはきょうもあすも悪霊を追い出し、また、病気をいやし、そして三日目にわざを終えるであろう。』」 [6]

ヘロデが滞在していたはずのハスモン家の邸宅は、ピラトの官邸から歩いてほんの10分ほどのところにありました。

ヘロデはイエスを見て非常に喜んだ。それは、かねてイエスのことを聞いていたので、会って見たいと長いあいだ思っていたし、またイエスが何か奇跡を行うのを見たいと望んでいたからである。それで、いろいろと質問を試みたが、イエスは何もお答えにならなかった。[7]

ヘロデはイエスを見て興奮しました。イエスが何か奇跡を行うのを見たかったからです。イエスに話させようと、しばらく試みたけれど、イエスは黙ったままでした。ある人は、このように書いています。「イエスの沈黙は、並外れた自制心の現れのようです。犯罪人のように扱われながらも、神としての自制心をもって、犯罪人のような振る舞いはされませんでした。無罪でありながら尋問され続けても、それ以上何も言うことはないと考えておられたのかもしれません。」 [8]

祭司長たちと律法学者たちとは立って、激しい語調でイエスを訴えた。またヘロデはその兵卒どもと一緒になって、イエスを侮辱したり嘲弄したりしたあげく、はなやかな着物を着せてピラトへ送りかえした。[9]

その場にいた宗教指導者たちは、ヘロデの裁断に影響を与えようとして、激しくイエスを訴えました。イエスが何も答えようとされなかったので、ヘロデは兵卒たち(おそらく彼の護衛兵たち)と一緒になって、イエスを嘲弄しました。そして、はなやかな着物(衣)を着せたとあります。他の英訳聖書では、「立派な衣」(CSB)、「きらびやかな衣」(KJV)、「優雅な衣」(NIV)、「王が着るような衣」(NLT)などと表現されています。その後、イエスはピラトに送り返されました。

ヘロデとピラトとは以前は互に敵視していたが、この日に親しい仲になった。[10]

理由は書かれていませんが、その時までピラトとヘロデの関係は緊迫したものでした。しかし、ピラトはこの機会にヘロデに敬意を示したので、2人は仲良くなりました。

イエスがピラトのもとに戻る

ピラトは、祭司長たちと役人たちと民衆とを、呼び集めて言った、「おまえたちは、この人を民衆を惑わすものとしてわたしのところに連れてきたので、おまえたちの面前でしらべたが、訴え出ているような罪は、この人に少しもみとめられなかった。ヘロデもまたみとめなかった。現に彼はイエスをわれわれに送りかえしてきた。この人はなんら死に当るようなことはしていないのである。だから、*彼をむち打ってから、ゆるしてやることにしよう。」 [11]*訳注:この部分をギリシャ語原文から直訳すると、「彼を懲らしめた上で、釈放することにする。」]

ピラトはこのように、ふたたびイエスに無罪を宣告しました。ルカの福音書で、ピラトはイエスを釈放しようと3度試みています。1度目は、イエスに無罪を宣告して、後のことはユダヤ人たちに処理させようとしました。2度目は、イエスをヘロデに送ったのですが、ヘロデはイエスを嘲弄してピラトに送り返しました。3度目は、訴え出ているような罪はイエスに認められなかったので、懲らしめた上で釈放すると言いました。ルカの福音書には、イエスがむちで打たれたとは書かれておらず、ただピラトが「彼を懲らしめた上で、釈放する」 と言ったとあります。他の福音書には、次のように、イエスがむちで打たれたと明確に書かれています。

そこでピラトは、イエスを捕え、むちで打たせた。[12]

次の節(ルカ23章17節)は、ESV訳聖書には掲載されていません。ルカの福音書の原典には含まれていなかったとみなしているからです。いくつもの翻訳聖書では、この節が斜体になっていたり、括弧で囲まれていたりして、原典には含まれていない可能性を示しています。たとえば、NAS訳聖書では、斜体で次のように訳されています。

祭りの度に、ピラトは、囚人を一人彼らに釈放してやらねばならなかった。[13]

ところが、彼らはいっせいに叫んで言った、「その人を殺せ。バラバをゆるし[釈放し]てくれ。」 このバラバは、都で起った暴動と殺人とのかどで、獄に投ぜられていた者である。[14]

イエスは天の父の子だったので、バラバという名前の意味が「父の子」であるというのは、皮肉なものです。群衆は、イエスではなくバラバを釈放してほしいと、はっきりと表明しました。バラバは、マタイの福音書では「名の知れた(評判の)囚人」と呼ばれ、マルコとルカには暴動を起したと書かれています。おそらく、ローマの支配に対する反乱に関わり、その過程で人を殺したのでしょう。

ピラトはイエスをゆるしてやりたいと思って、もう一度かれらに呼びかけた。しかし彼らは、わめきたてて「十字架につけよ、彼を十字架につけよ」と言いつづけた。[15]

ピラトは、初めのうちは群衆の要求に応じませんでした。しかし、群衆はイエスが処刑されるべきだと激しく言い張りました。いずれの福音書でも、ピラトが(祭りの間にゆるして釈放する人として)イエスを釈放しようと提案したことに対して、群衆はイエスを十字架につけるべきだと要求しています。

ピラトは三度目に言った。「一体、どんな悪事を働いたというのか。この男には死刑に当たる罪は何も見つからなかった。だから、懲らしめたうえで、釈放することにしよう。」 [16]

ピラトは今一度、イエスに無罪を宣告しました。ピラトは、イエスには何の罪もないと確信し、何度もそう言ってきたのですが、彼の判決に群衆は納得しませんでした。

ところが、彼らは大声をあげて詰め寄り、イエスを十字架につけるように要求した。そして、その声が勝った。[17]

群衆はピラトに圧力をかけ続け、イエスを十字架につけるよう、しつこく迫りました。そのしつこさから、彼らの要望は単なる要望ではなく、どうしてもそうすべきだという強い要求であったことが分かります。ピラトは、イエスを十字架につけるという要求に応じないかぎり、主要な祭りの最中にエルサレムで暴動が起こるかもしれないという状況に直面していました。そして、暴動に対処するよりも、一人の人が死ぬ方がまだ良いという結論に達したのでしょう。

ピラトはついに彼らの願いどおりにすることに決定した。そして、暴動と殺人とのかどで獄に投ぜられた者の方を、彼らの要求に応じてゆるしてやり、イエスの方は彼らに引き渡して、その意のままにまかせた。[18]

群衆の抗議の声が勝って、ピラトはバラバを釈放しました。マルコの福音書には、次のように記されています。

それで、ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバをゆるしてやり、イエスをむち打ったのち、十字架につけるために引きわたした。[19]

マタイの福音書には、次のように記されています。

ピラトは手のつけようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、水を取り、群衆の前で手を洗って言った、「この人の血について、わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい。」 すると、民衆全体が答えて言った、「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい。」 [20]

共観福音書[21] のすべてに、ピラトがイエスの死を求める者たちの願いに屈したことが書かれています。彼はイエスの死の責任を負いたくないので、自分の手を洗うという象徴的な行為によって、それを示しました。それでも、群衆の圧力に屈して、イエスを処刑すべく、彼らに引き渡したのです。


注:

聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。


参考文献

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1 マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書

2 ルカ 23:4.

3 ルカ 23:5.

4 ルカ 23:6–7.

5 マタイ 14:6–12, マルコ 6:22–28.

6 ルカ 13:31–32.

7 ルカ 23:8–9.

8 Bock, Luke 9:51–24:53.

9 ルカ 23:10–11.

10 ルカ 23:12.

11 ルカ 23:13–16.

12 ヨハネ 19:1. こちらも参照:マルコ 15:15, マタイ 27:26.

13 ルカ 23:17. [訳注:この日本語版では、NAS訳と同じようにこの節を翻訳している聖書協会共同訳から引用しています。聖書協会共同訳では、ルカの福音書の巻末に、「底本に節が欠けている箇所の異本による訳文」として記されています。底本とは翻訳する際の元となる写本であり、異本とは別の写本のことです。]

14 ルカ 23:18–19.

15 ルカ 23:20–21.

16 ルカ 23:22.〈聖書協会共同訳〉

17 ルカ 23:23.

18 ルカ 23:24–25.

19 マルコ 15:15.

20 マタイ 27:24–25.

21 マタイ、マルコ、ルカの3つの福音書

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