著者: ピーター・アムステルダム
5月 3, 2022
イエスの十字架上の死については、四福音書すべてに同様のことが書かれていますが、それぞれに他の福音書にはない詳細も含まれています。本記事では、マタイの福音書の記述を用いつつ、他の福音書からも部分的に引用していきます。
マルコの福音書には、彼らがイエスを十字架につけたのは第3時であったと書かれており、[1] それは午前9時頃にあたります。ヨハネの福音書は、それが第6時頃だったとしています。[2] 第6時とは正午のことです。この時刻の違いについては、解説者たちによってさまざまな解釈がなされています。ほとんどの人は、朝の9時から昼の12時の間に、イエスが十字架につけられたとしています。
同時に、ふたりの強盗がイエスと一緒に、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。[3]
四福音書すべてに、イエスと同じ時に別の2人が十字架につけられたと記されています。[4] イエスが中央で、その両側に1人ずつということです。ルカの福音書には、こうあります。「イエスと共に刑を受けるために、ほかにふたりの犯罪人も引かれていった。」 [5] この2人の犯罪人は、自分の十字架の横棒を担いで、ゴルゴタまでイエスと一緒に行ったのでしょう。
そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって言った、「神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。そして十字架からおりてこい。」 祭司長たちも同じように、律法学者、長老たちと一緒になって、嘲弄して言った、… [6]
イエスと2人の強盗が十字架につけられたのは、エルサレムの住民が簡単に行けるような所でした。おそらく、都に続く道沿いにあって、多くの人が通りかかる場所だったのでしょう。通行人のある者たちは、イエスをののしり、あざ笑いました。他の翻訳聖書では、彼らが「大声で侮辱した」 [7] とか、「暴言を浴びせかけた」 [8] とも訳されています。また、彼らは「頭を振りながら」 そうしていたとあります。頭を振ったことの意味は説明されていませんが、旧約聖書には、ネガティブな行動として何度か記されています。たとえば、ヨブ記にはこう書かれています:
わたしもあなたがたのように語ることができる。もしあなたがたがわたしと代ったならば、わたしは言葉を練って、あなたがたを攻め、あなたがたに向かって頭を振ることができる。[9]
また、哀歌にはこうあります:
すべて道行く人は、あなたにむかって手を打ち、エルサレムの娘にむかって、あざ笑い、かつ頭を振って言う。[10]
祭司長たち、律法学者たち、そして長老たちは、イエスを嘲弄して、こう言いました。
「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ』と言っているのだから。」 [11]
祭司長、律法学者、長老は、イスラエルにおけるユダヤ人の自治機関として最高位のものであるサンヘドリンを構成していた3つの主要グループです。彼らがイエスを拒絶したことは、ユダヤの支配層の大部分が拒絶したことを表しています。[12]
祭司長、律法学者、長老といった著名人たちが十字架刑に立ち会うことはあまりなかったと思われるので、彼らがその場にいたことから、イエスに対して抱いていた敵意や復讐心が伝わってきます。一般の人たちはイエスに対して悪口を言いましたが(神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。そして十字架からおりてこい。)、この上流階級の者たちは自分たちの間で話をしており、ただ、イエスが聞こえるほどに大きな声で話していたのでしょう。(彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。) [訳注:日本語訳聖書では、イエスに向かって話しているような訳し方がされている場合もありますが、原語ではそうではありません。] ある著者が指摘していることですが、彼らはイエスが十字架から降りてきたなら信じようと言っているものの、実際に信じることはなかったでしょう。それは、イエスが死からよみがえられた時にでさえ、信じなかったことからも分かります。[13]
ユダヤの指導者たちはイエスを侮辱しながらも、同時に、イエスが神に寄り頼んでいると認めています。その生涯と宣教の全体を通して、イエスが父に寄り頼んでおられたことは、誰の目にも明らかだったのです。そのように、彼らはイエスが神に寄り頼んだと認めはしましたが、「十字架での苦しみを通して救うという目的」 [14] を果たしておられたことは理解しませんでした。
マルコの福音書には、「一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった」 [15] とあります。マタイの福音書も同様に「一緒に十字架につけられた強盗どもまでも、同じようにイエスをののしった」 [16] と記しています。この2つの福音書とは異なり、ルカの福音書には、十字架につけられた犯罪人の1人がイエスに対して好意的だったと書かれています。
十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない。」 そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください。」 イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう。」 [17]
2つの福音書が、2人の犯罪人が共にイエスをののしったとし、1つの福音書が、それは1人だけだったとしている理由については、考えられる説明がいくつもあります。有力な説を1つ挙げます:
最初は2人共、イエスをののしっていたけれど、この2人目の犯罪人は後でイエスに感銘を受け、考えを改めたということです。この解釈は古くからあるもので、オリゲネス、クリュソストモス、ヒエロニムスにさかのぼります。[18]
ルカの福音書によれば、十字架にかけられた犯罪人の1人が、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」 [19] と、イエスをののしっています。他の翻訳聖書では、「大声で侮辱した」(CSB)、「暴言を浴びせかけた」(NAS)、「冒涜した」(NKJV)と訳されています。こういったあざけりは、少し前にイエスがユダヤの指導者層やローマの兵卒たちにあざ笑われた時になされたものと同様です。
議員たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ったらよい。」 [20]
兵卒どももイエスをののしり、…言った、「あなたがユダヤ人の王なら、自分を救いなさい。」 [21]
1人目の犯罪人による「あなたはキリストではないか」 という発言は、彼がそう信じているという宣言ではありません。それは皮肉であり、「あなたが主張しているように本当にキリストであるのなら、自分を救い、我々も十字架から救って、それを証明してみろ」と、食ってかかっているのです。
もう1人の犯罪人は彼をたしなめました。自分たちが十字架につけられたのは正しい裁きによるものなので、イエスをののしるのは偽善であると考えたのです。彼は犯罪人仲間に、自分たちは罪を犯し、「自分のやった事のむくい」 を受けているので、罰として死ぬのは当然だというのに、何の権利があって、無実であるイエスをあざけるのかと尋ねています。そう言うことによって、この2人目の犯罪人は自分の罪を認め、悔い改めています。また、イエスについて、「何も悪いことをしたのではない」 と宣言しています。イエスが無実であると宣言したのは、ピラトとヘロデに続き、彼が3人目になります。[22]
さらにこの人は、自分のことを思い出してくれるよう、イエスにお願いしています。ある著者は、このように解説しています:
彼の呼びかけ方が「イエスよ」という親密なものであったことには驚かされます。どの福音書を見ても、イエスの資格を表す言葉や尊称を抜きにして名前だけで呼んだ人はいません。[23]
福音書で、イエスは「いと高き神の子イエス」(マルコ5:7、ルカ8:28)、「ダビデの子イエス」(マルコ10:47、ルカ18:38)、「イエス先生(イエスさま、先生)」(ルカ17:13)と呼ばれています。同じ著者がこう付け加えています:
大胆にも心安くそう呼ぶことにした最初の人は死刑判決を受けた犯罪人であり、イエスが死ぬ前にイエスと話をした最後の人でもありました。[24]
この人は「パルーシア」(イエスの再臨、つまり、生きている者と死んでいる者とを裁くために来られる時のこと)に際して命を得られるよう求めていますが、イエスは「あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」 と答えられました。
ある著者は次のように説明しています:
イエスはこの犯罪人に、彼は今日イエスと一緒にいて、正しい者たちと共に生きるようになると約束されています。また、イエスの返答は、この犯罪人が復活の時まで、意識を伴う何らかの中間的な状態にあることを意味しているようです。ただ、そのような結論は、暗示されているだけであって、明白なわけではありませんが。この人にとって、死は単なる移行に過ぎません。彼もまた、[イエスが]王であると告白したことによって勝利と解放を得るのであり、この解放はすぐに得られるものです。…イエスに呼びかけることで、すぐにその結果が生み出されるのです。[25]
(続く)
注:
聖書の言葉は、特に明記されていない場合、日本聖書協会の口語訳聖書から引用されています。
参考文献
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1 マルコ 15:25. 多くの翻訳版聖書では、一般的な時刻に直して「朝の9時」と訳されています。
2 ヨハネ 19:14. 多くの翻訳版聖書では、一般的な時刻に直して「昼の12時」や「正午」と訳されています。
3 マタイ 27:38.
4 マルコ 15:27, ルカ 23:32, ヨハネ 19:32.
5 ルカ 23:32.
6 マタイ 27:39–41.
7 英語CSB訳聖書(Christian Standard Bible)
8 英語NAS訳聖書(New American Standard Bible)
9 ヨブ 16:4.
10 哀歌 2:15.
11 マタイ 27:42–43.〈新改訳第3版〉
12 France, The Gospel of Matthew, 717.
13 France, The Gospel of Matthew, 718.
14 France, The Gospel of Matthew, 719.
15 マルコ 15:32.
16 マタイ 27:44.
17 ルカ 23:39–43.
18 Alfred Plummer, A Critical and Exegetical Commentary on the Gospel According to St. Luke, International Critical Commentary (Edinburgh: Clark, 1896).
19 ルカ 23:39.
20 ルカ 23:35.〈新改訳2017〉
21 ルカ 23:36–37.
22 ルカ 23:4, 14–15, 22.
23 Brown, The Death of the Messiah, Volume 2, 1005.
24 Brown, The Death of the Messiah, Volume 2, 1005.
25 Bock, Luke Volume 2: 9:51–24:53, 1858.
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