'祈り' というタグの付いた記事

  • 「わたしの羊はわたしの声を聞き・・」

    この人生は、創造主が私たちを神の愛の現れとして成長させるためにデザインされた、さまざまな経験の壮大な集合体です。主が示そうとしておられることのすべてを見逃さずにいようとするほどの賢明さがあるなら、自分自身の経験からだけではなく、他の人たちの人生からも、学ぶべきことはたくさんあります。

    著者:マリア・フォンテーン

  • 神に約束を思い起こさせる

    最近の私の記事に、「信仰、それは前もって神に感謝すること」というタイトルのものがあります。ヨシャパテの物語が私にとって常に重要なものだったことを話しました。この物語から他に何も覚えていなかったとしても、この祈りの部分はいつも覚えていたのです。

    著者:マリア・フォンテーン

  • イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ17章:イエスの祈り(パート2)

    先回の記事で見てきた、弟子たちのためのイエスの祈りはヨハネ17章の終わりまで続きます。12節で、イエスはそれまで弟子たちを守り、保護してきたことや、彼らのうち誰も滅びず、ユダ(イエスから「滅びの子」と呼ばれている)だけが滅びたと言われました。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ17章:イエスの祈り(パート1)

    イエスは弟子たちに、ご自分が「わたしをつかわされたかた」のところに行こうとしている(ヨハネ16:5)ことと、助け主である聖霊が彼らをあらゆる真理に導いてくれる(ヨハネ16:13)ことを告げた後、父に祈り始めました。まず祈られたのは、ご自身の栄光が現されることについてです。次に祈られたのは弟子たちのためで、それがこの章の主な焦点となっています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ16:23–33

    イエスは弟子たちに、ご自分がこの世を去ることで世は喜ぶけれど、弟子たちは泣き悲しむことになると告げた後、[1] 彼らが味わう悲しみは一時的なものであって、イエスは再び彼らと会うのであり、その時に彼らの心は喜びに満たされ、その喜びを奪えるものは誰もいない、と付け加えられました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエス、その生涯とメッセージ:ヨハネ14章:道、真理、命

    ヨハネ14章は、13章と同じく、イエスが弟子たちと食事をしておられる場面が続きます。裏切り者ユダがその場を去ると、イエスは使徒パウロに彼が3度イエスを否認すると告げ、その後、11人に向けて、イエスはまもなく彼らがついてくることのできない場所に行くと言われました。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • ようこそ2021年!

    2020年は確かに、私たちの多くがこれまでに味わったことのないような年でした。COVID-19(新型コロナ)のパンデミックにより、私たちの生活はさまざまな点で混乱させられ、思いがけない困難や難題や苦難が引き起こされました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエス、その生涯とメッセージ:兄弟の罪

    マタイの福音書で、イエスは弟子たちに、弟子や信者が別の弟子や信者に対して罪を犯した時にどうすべきかを教えています。信者のどのコミュニティにおいても、互いを不当に扱う事態は生じるものであり、それは避けられないことです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 今の時を超えて信じる

    最近、ある女性と話をしました。彼女は少し前にイエスを受け入れたのですが、まだどのように聖書を、導きの源や信仰の泉として用いればよいのか、よく理解できていませんでした。

    著者:マリア・フォンテーン


  • 究極の専門家

    主が先日、私の祈りについて、ちょっとした例えを示してくださいました。私が、自分自身の力を超えた主の霊的な解決策を必要な状況について主の助けを求めていた時に、その例えを示されたのです。

    著者:マリア・フォンテーン

  • イエス、その生涯とメッセージ:山上の説教―求めよ、捜せ、門をたたけ

    山上の説教の最後の章であるマタイ7章には、必ずしも節から節へとつながりがあるわけではないものの、神の国に入った者にとって重要な幾つかの点が、簡潔な文章となって収められています。人を裁く態度を持たないことについての箇所(前回の記事)の後、焦点は再び祈りに戻り、山上の説教の少し前に出てきた点とつながります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエス、その生涯とメッセージ:山上の説教―どのように祈るべきか(パート6)

    これは、山上の説教の中でイエスが弟子たちにどのように祈るべきかを教えられた箇所についての記事の最後のパートです。

    先回の記事では、私たち自身やクリスチャンである兄弟姉妹が必要とするものに焦点が合わせられた、3つある「私たち」のための願い事のうちの2つを扱いました。今回は、3つ目の願いに話を進めましょう。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • イエス、その生涯とメッセージ:山上の説教―どのように祈るべきか(パート5)

    最初の3つの願いとして、神があがめられるように、御国が来るように、御心が天に行われるとおり地にも行われるように、という祈りを見てきましたが、ここで、次の3つの願いに移ります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエス、その生涯とメッセージ:山上の説教―どのように祈るべきか(パート4)

    これは、山上の説教の中でイエスが弟子たちにどのように祈るべきか(また、どのように祈るべきではないか)を教えられた箇所についての記事のパート4です。

    主の祈りの導入部として、祈りの対象を「天にいます父」とした後、イエスはまず神の栄え、御国、御心に関する3つの願いを述べ、それに続いて私たちに必要なものについて3つの願いを述べられます。神に関する最初の3つの願いは、次の通りです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエス、その生涯とメッセージ:山上の説教―どのように祈るべきか(パート3)

    これは、山上の説教の中でイエスが弟子たちにどのように祈るべきか(また、どのように祈るべきではないか)を教えられた箇所についての記事のパート3です。

    イエスは弟子たちに、次のような「主の祈り」を教えられました。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • イエス、その生涯とメッセージ:山上の説教―どのように祈るべきか(パート2)

    イエスは、祈りの正しい動機とは神とコミュニケーションを取って交わりたいことであると弟子たちに教え、また、意味もなくくどくどと祈ることはやめるようにと忠告されて後、神との交わりの時に用いられる祈りを弟子たち(そして私たち)に教えてくださいました。

    通常、「主の祈り」あるいは「主祷文」と呼ばれているこの祈りは、山上の説教の一部として記録されています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエス、その生涯とメッセージ:山上の説教―どのように祈るべきか(パート1)

    イエスは山上の説教で、正しい動機を持って祈ることについて話されました。他の人に気づいてもらおうとして祈るべきではないことや、そうする人にとって は、それ自体が報いであって、それ以上の報いを受けることはないと言っておられます。それから、どう祈るべきではないかを熱心に説き、さらに主の祈りを弟 子たちに教えて、正しい祈り方を示されました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:神との交わり(パート2)

    先回の記事(『神との交わり、パート1』)で見てきたように、神との交わりを持つことが、もっとイエスのようになることの鍵です。この交わりにあって、私たちは神との関係を発展させ、愛と親近感を深め、真に神を知るようになります。神を知れば知るほど、もっと神と一緒にいたくなります。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 予行演習

    私たちは、なぜ祈りが大切なのか、そして私たちの人生において神がいかにして祈りをお使いになるかを知っています。そのすべてを理解できるわけではないし、なぜ祈りによっては答えられたり、答えられないように見えたりするのかがわからないこともよくあります。

    著者:マリア・フォンテーン

  • 新年--その喜び、充実、幸せ

    私たちは皆、信仰や人間関係、仕事、精神面などにおいて前進するための、数えきれない機会と可能性をもってこの一年を迎えます。当然、どの分野においても、進歩を遂げるには、決意‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:告白

    スコットランドの有名な格言に、「告白は魂のために良い」という言葉がありますが、まさにその通りです。主とのつながりを深め、神を中心とした生き方をしようとしている時、罪の告白は重要な役割を果たします。...

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 5つの法則:霊的成長

    彼は‥‥神を求めることに努めた。彼が主を求めた間、神は彼を栄えさせられた。肉体的に丈夫でいたければ、正しく食べ、運動し、肉体面での良い習慣をつけることに時間と努力を注がなければなりません。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:礼拝(パート2)

    礼拝の鍛錬についての、この二番目の記事には、皆さんが礼拝する時に役立つと思われる、聖書に基づいた概念を幾つか掲載することにしました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:礼拝(パート1)

    イエスは、井戸ばたでサマリヤ人女性と話していた時に、こうおっしゃいました。しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 霊的鍛錬:断食

    断食は、多くの人にとって難しい霊的鍛錬でしょう。私たちの多くがそうだと思いますが、私も何度か断食したことがあるものの、それはずっと前のことで、実際、もう何十年も前のことです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:祈り

    祈りという霊的鍛錬は、神との関係において鍵となる要素です。それは神とのコミュニケーションのための主要な手段だからです。私たちは祈りを通して、創造主と会話することができます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエスが語った物語:不義な裁判官(ルカ18:1-8)

    不義な裁判官のたとえ話は祈りについてのたとえ話であり、よく、執拗な女の話とも呼ばれています。真夜中の友人のたとえ話とも類似点が多いので、「対」として見られることもあります。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • イエスの御名

    旧約・新約聖書全体を通して、「主の名前」が数えきれないほど幾度も言及されています。人々は主の御名で祈り、賛美し、誓い、戦い、祝福を授け、歌い、信頼し、恐れ、栄光を帰し、洗礼を受け、集まり、またその名を呼ばわりました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 神からのアポイントメント

    先日、最近知り合った人と、少し座って話をする機会がありました。その人と会った一番の目的は、彼女の専門分野に当たる幾つかの事柄をたずねかたったからです。‥‥

    著者:マリア・フォンテーン

  • イエスが語った物語:真夜中の友と父の良き贈り物(ルカ11:5-8; ルカ11:9-13; マタイ7:9-11)

    福音書は、イエスご自身の祈りの手本と、祈りについて教えられたことの両方を通して、祈りについての基本的な教えを伝えています。3番目の福音書であるルカの福音書では、そのような教えの幾つかが11章にまとめられています。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム


  • イエスが語った物語:パリサイ人と取税人(ルカ18:9–14)

    パリサイ人(ファリサイ派)と取税人(徴税人)のたとえ話が書かれているのは、ルカ書の18章9-14節だけです。このたとえ話が触れていることのひとつは、救いについての基本要素です。では、まず物語に出てくる二人の登場人物を見てみましょう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 意外なヒーロー

    私たちはしばしば、自分たちは何らかの偉大な霊的任務になど就いているようには思えない状況にいるものです。主のために何か意味のあることをしたいと思っても、その状況のせいで、なかなか思い通りに、あるいは期待通りには行かないことがあります。しかし、‥‥

    著者:マリア・フォンテーン

  • 愛し、生き、宣べ伝え、教える:主の教えに生きる、パート5

    「主の教えに生きる」について、ここで最後にとりあげる原則は、「祈りの原則」です。これは「主の教えに生きる」の他の原則すべてに結びついているともいえる、クリスチャンの生き方の中心となる原則です。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム


  • さらに6つの信仰の秘訣

    数週間前、「私の宝箱にある3つのもの」を皆さんに分け合い、先週はさらに6つのものを追加しました。今日はさらに6つを付け加えたいと思います。それらは私の宝箱にある貴石のようです。私が進み続けるのを助けてくれるもの、私の生き残りのリストなのです。・・・

    著者:マリア・フォンテーン

  • さらに、私の信仰の宝箱から

    最近、「私の宝箱にある3つのもの」の中で、私が信仰に焦点をあて、大変な時期に励ましを見いだすのを助けてくれる3つのことについて書きました。・・・

    著者:マリア・フォンテーン