'キリストの性質' というタグの付いた記事

  • もっとイエスのように:クリスチャンとしての人格についての言葉

    『もっとイエスのように』シリーズでは、これまで毎回2つの主題について引用句をまとめてきましたが、今回の第4弾では1つの主題だけを取り上げます。それは、クリスチャンとしての人格です。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • キリスト教を生きる:十戒(人命を守る、パート3)

    (本記事にあるポイントは、ウェイン・グルーデム著『Christian Ethics』[1] からのものです。)

    自殺に関してリサーチした際、ある人の書いた序説を読んだのですが、それはこの主題について執筆する難しさをよく表しており、思慮と祈りが込められたものであると感じました。私にそれよりもよい表現はできそうにないので、単純にその文章を引用したいと思います。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:愛

    第1ヨハネ書には、「神は愛である」[1] また「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである」 [2] と書かれています。旧約聖書には、「神は愛である」という表現は見られないものの、その全体を通して、神の愛について書かれています。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:忠実と正直

    旧約聖書でも新約聖書でも、忠実について多くが語られています。定義上、忠実とは、いかなる状況においても、誰か、あるいは何かに対して常に真心をもってことを行うという概念を表しています。また、自分のした約束をしっかりと実行することも表しています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 無条件の愛

    神の本質を短く言い表そうとする時、私には「無条件の愛」という言葉が思い浮かびます。言うまでもなく、神の性質は多様であり、たった一言で言い表せるものではありませんが、....

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:希望

    (本記事の一部は、ランディー・フレイジー著『Think, Act, Be Like Jesus』[1] から要約されたポイントをもとに書かれています。)

    福音書を読むと、イエスはご自身がいずれ苦しみにあって殺されることを前もってご存知であり、また、死からよみがえるのもご存知であったことが明らかです。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:あわれみ

    イエスの生涯について福音書に書かれていることを読んでいくと、イエスが他の人にあわれみを示し、弟子たちにも同様にあわれみ深くあることを教えられたことが極めて明白になってきます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:赦すようにとの呼びかけ

    福音書には、イエスが鞭打たれ、殴られ、そして十字架に釘付けにされたことが書かれています。十字架にかけられて死にゆく中でイエスが語られた最後の言葉の中に、「父よ、彼らをおゆるしください」[2] というものがあります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:親切と善意

    使徒パウロは、敬けんな生活を送ること、聖霊の内に、また聖霊に導かれて生きることについて書いており、その中で、敵意、争い、そねみ、怒り、ねたみ[1] など、彼が「肉の働き」(肉の業、肉の行い)と呼ぶものをリストアップしました。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:優しさ

    キリストのようになることの一つの側面で、他の多くのものと比べてあまり注目されないのは、優しさです。少々意外なことに、優しさや柔和という言葉は、イエスと父の両方を指して、聖書の随所で用いられています。また、聖霊の実の中にも含まれています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:平和・平安

    聖霊の実の一つである平和(平安)は、私たちがよりイエスのようになるために重要な役割を担います。それは神と正しい関係にあることに根ざしており、そのような関係を持てるのは神からの救いの贈り物ゆえのことです。また、平和は神に対する私たちの信頼と、神が私たちを愛しておられるという確信の結果として表れたものです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:忍耐

    出エジプト記には、モーセがシナイ山に登った時に、神がその性格をいくらか明らかにされたことが書かれています。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:自制

    ガラテヤ5章で、パウロは御霊の実を9例あげており、それは愛から始まり、自制(節制)で終わっています。クリスチャン的性格を培い、よりイエスに似た者となることの一環に、聖霊の力によって自分を、つまり自分の情緒や欲望や感情をコントロールする能力をつけることがあります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:謙遜(パート2)

    『謙遜(パート1)』で触れたように、私たちはイエスによる謙遜の手本にならうよう勧められています。パウロはキリストの謙遜について書いている時、クリスチャンのすべきこととして、こう告げました。「互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。」

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:謙遜(パート1)

    キリストに似た者となることを追求する上で一つ大切な要素とは、イエスの謙遜さにならうことです。そうやって謙遜を「身に着け」、誇り(高ぶり)を「脱ぎ捨て」ることによって、私たちはよりイエスのようになろうと努めるのです。古代ギリシャ・ローマ社会において、謙遜は良くない特性として見られ、下層階級とされた者が示す卑屈な態度を意味していました。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:喜び(パート2)

    キリスト教的喜びについて調べていた時、私は、喜びが信仰、希望、そして感謝の心と密接に結びついていることに興味を覚えました。この主題に関する最初の記事で触れたように、信者にとって喜びとは、神への信仰、聖書を通して神が語られたことへの信頼、そして‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:喜び(パート1)

    イエスとその教えを模範として生きようとする時、その努力において喜びが重要な役割を果たします。イエスが福音書で喜びについて具体的に言及されたのは2度だけですが、イエスの生涯の出来事や教えには喜びが満ち満ちています。また、新約聖書にも旧約聖書にも、喜びに関する言及や例が数多く見られます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:感謝の心(パート4)

    感謝の心とは、神への感謝というレンズを通して状況を見たり、感謝の気持ちを表すような振る舞いができるようにしてくれる思考態度です。そういった振る舞いとは、これまでの記事にも書かれているように、満ち足りた気持ちを育むこと、神が与えてくださった全てのものを感謝すること、そして、感謝の心を破壊するねたみ、貪欲、強欲を克服しようとすることなどです。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:感謝の心(パート3)

    前回の記事で、満ち足りた気持ちを「身に着ける」ことは、感謝の心を持つことの大切な要素であることを見てきました。今回は、感謝の気持ちの3つの「破壊者」を中心に扱います。感謝の気持ちを強めるために、取り除いておいたほうがいいもので、その破壊者たちとは、ねたみ、貪欲、そして強欲です。まず、ねたみから行きましょう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:感謝の心(パート2)

    新約聖書に書かれ、また本シリーズでも随所に出てくることですが、キリストに似た性質を育てるには、「身に着ける」ことと「脱ぎ捨てる」ことが求められます。感謝の心は、よりイエスのようになる上で重要な要素なので、感謝の心を培うために踏むといいステップや感謝の気持ちの欠如を打ち消すためにできることについて学ぶことは、私たちが帆を上げる助けとなります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:感謝の心(パート1)

    よりキリストに似た者になるとは、聖書の教えをより熱心に適用することによって、また、聖霊の導きと恵みによって、より良いクリスチャンになることです。このような適応には二つの側面があります。第一に、神の教えにかなわないことを捨て去ることが求められます。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • クリスマスのための9つのデボーショナル

    クリスマスは、私たちクリスチャンにとって極めて重要なお祝いです。私たちの主の誕生と、それにまつわる様々な出来事、そして主の誕生の意味を記念する時だからです。昨年(2015年)、私は1918年以来毎年イギリスで行われている「9つの聖書日課とクリスマスキャロル」という伝統的なクリスマス礼拝のことを知りました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:クリスチャン的性格(パート2)

    少し前の記事である「キリストに似た者となることの基盤」で扱ったように、よりイエスのようになるには神への献身を要します。それは神に対して敬意の念を抱くことと、私たち一人一人に対する神の愛を理解することとに根ざしています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:クリスチャン的性格(パート1)

    イエスのようになることについて鍵となる要因は、神の教えにかなった性格を育むことです。全ての人に性格があります。性格は個人に特有の性質と定義されており、それがその人の感じ方、考え方、振る舞い方に反映されます。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:キリストに似た者となることの基盤

    信心深さやキリストに似ることを追い求めるにあたり鍵となる要素は、よりイエスのようになることは神との正しい関係の上にのみ築かれるということです。信心深さとは、神との個人的な関係であり、また、その関係から生じる行動であると言えます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:聖性(パート4)

    『聖性』パート1から3では、神が善と聖の基準であることを見てきました。神は聖書を通してご自身の道徳的御心を明らかにされており、そのように聖書で示された御心は神の性質のあらわれです。よりイエスのようになりたいのであれば、神の性質をあらわすような生き方をするのを目指すことでしょう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:聖性(パート3)

    (本記事は、ギャリー・フリーゼンの著書『Decision Making and the Will of God』[1] からのキーポイントをもとに書かれています。)

    「聖性」のパート1とパート2で見てきたように、キリストに似ること、神のさまに似ることは、自分の意志を神の意志に沿ったものに変えていくことによって、もたらされます。もっとイエスのようになりたいなら、まず、神の御心を理解して、それによって、自分の意志を神の意志に合わせられるようにすることです。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:聖性(パート2)

    (本記事は、ジェリー・ブリッジズの著書『The Pursuit of Holiness』[1] からのキーポイントをもとに書かれています。)

    よりイエスのようになる方法を探る時に大切なのは、神の聖性とは何を意味するのか、そしてどうすれば私たちもそれにあずかれるのかを考察することです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:聖性(パート1)

    このシリーズで引用された、鍵となる聖書の言葉の一つにエペソ4:22–24があります。

    あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:新たにされること

    今回の2つ前の記事、「神に似せて造られた」パート1と2で触れたように、イエスのようになるには私たちの「内なる人」――心、意思、情緒、思い(意識と潜在意識)、魂、霊――が新たにされる必要があります。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:神との交わり(パート2)

    先回の記事(『神との交わり、パート1』)で見てきたように、神との交わりを持つことが、もっとイエスのようになることの鍵です。この交わりにあって、私たちは神との関係を発展させ、愛と親近感を深め、真に神を知るようになります。神を知れば知るほど、もっと神と一緒にいたくなります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:神との交わり(パート1)

    もっとイエスのようになりたいと願うなら、その基礎とするための根本原則を見つけておくと助けになります。どれだけキリストに似た者となっているのかは、私たちの決断や外面的な行動にあらわれますが、それは内面的にあなたがどうあるかということから生じます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように(パート4):神への忠誠

    もっとイエスのようになることを願うのであれば、その出発点は必然的に、イエスが信じておられたように自分も信じる、ということになります。イエスの信じておられたことを自分の心にしっかりと留め、自分の本質の一部とすることです。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように(パート3):帆を上げる

    人生において、私たちがうまくやりたいと思うことは何でも努力を要します。何であれ特定の分野でトップの人が今の場所に到達できたのは、主に、そのために 懸命に努力してきたからです。クリスチャンがキリストに似た者となり、神が望んでおられるような人となるのにも、同じことが言えます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:序文と背景(パート2)

    『もっとイエスのように』シリーズ序文のパート1では、神の御心にかなった、キリストのような生き方という概念について、旧約聖書や福音書に書かれている ことから説明してきました。パート2では、キリストのような生き方について書簡には何と書かれているかを中心に扱います。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:序文と背景(パート1)

    私がこれまでで一番好きな歌のひとつに「I Want to Be More Like Jesus」(もっとイエスのようになりたい)があります。この曲を聞いたり歌ったりするたびに、信仰の実践における重要な側面を思い出します。これはクリスチャンとしての信仰の旅路の重要な要素、つまりキリストと似た性質を人生で身につけていくことを含む短い祈りとしても歌えます。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • クリスマスのための9つのデボーショナル

    クリスチャンにとって、クリスマスはとても大切なお祝いです。私たちの主の誕生と、それにまつわる様々な出来事を記念する、大いなる喜びの時です。クリスマスのイベントや家族の集い、また、助けを必要とする人たちへの奉仕が原因で、キリストの誕生という奇跡について考える時間を取らなくなってしまうことがあるのも、無理はありません。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 曇りガラスを通しておぼろげに

    「私たちの中には‥‥頭の中で『そこにいさえすれば! すぐにでも赤ん坊を助けることができたのに。主の衣を洗えたのに。羊飼いたちと一緒に、飼い葉桶で寝ている主を一目見に行けたのに!』と考える人がいます。

    著者:マリア・フォンテーン

  • 親しく、そして個人的に

    「私が長年守ってきた決まりとは、主イエス・キリストを個人的な友としてとらえることです。イエスは信条でも単なる教理でもありません。私たちが持っているのは主ご自身なのです。」—ドワイト・L・ムーディー

    著者:マリア・フォンテーン


  • イエス、その生涯とメッセージ:山上の説教―至福の教え(パート2)

    山上の説教にある至福の教えの最初の3つはすでに説明したので、残りの5つを見ていきましょう。

    義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • とらわれない視点を持つ

    あなたは、試練や苦闘や、はまり込んでしまったどうしようもない状況を見て、自分がしてしまった間違いの結果そうなったのではないかと思うことはありますか?

    著者:マリア・フォンテーン

  • イエスが語った物語:金を借りた二人の人(ルカ7:36–50)

    金を借りた二人の人のたとえ、あるいはパリサイ人と罪深い女のたとえとも言われている話が、ルカによる福音書7:36–50に出てきます。これは、愛と憐れみと感謝についての美しい物語です。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム


  • そのすべての核心にあるもの:受肉(パート3)

    先の記事では、最初の7世紀の間に教父たちがどのように受肉の教義に取り組んだかを見てきました。ロゴスであり、子なる神であるイエスが、完全に人間でもある、ということはどういうことなのか、‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • そのすべての核心にあるもの:受肉(パート2)

    イエスの位格や、その人性および神性を神学的に定義しようという試みは、おもに二つの時期に起こりました。最初は4−5世紀で、次は19−20世紀です。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • そのすべての核心にあるもの:受肉(パート1)

    「神・人」及び「三位一体」の記事において、イエスの神性、つまり、イエスは真に神であるという聖書の真理を探ってきました。この「受肉」についての記事では、‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム


  • イエスのように

    時折、私は自分が生きていく上でイエスの教えをどう当てはめるべきか、考えたり祈ったりします。そうするのは賢明なことだと思うのです。最近、どうすれば毎日の生活に信仰をもっとうまく適用できるかを黙想していました。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 自己防衛

    最近、イギリスで制作された、第二次世界大戦初期についてのテレビ番組を見ました。ナチスがフランスを破り、イギリスはナチスが間もなく侵略してくると考えました。...

    著者:ピーター・アムステルダム