'主との関係' というタグの付いた記事

  • 人生に欠かせないもの—コミュニケーション

    イエスが私たちの日常生活の一部になっている時には、万事がより良くなりますが、そのほかにも、私たちの行動ほとんどすべてに浸透している非常に重要な要素があります。それはコミュニケーションです。

    著者:マリア・フォンテーン

  • 素晴らしい贈り物

    宇宙の王を讃えるために、私たちは何ができるでしょう。私たちの人生の王に何と言えばいいのでしょう。すべてを与えてくださった方に贈るのにふさわしい贈り物は何でしょう。私たちは長年、最善を尽くして主に人生を委ねることが主を喜ばせるという御言葉を聞いてきました。

    著者:マリア・フォンテーン

  • これからのより良い日々(パート2)

    孤独の時に慰めを見出す

    人生において困難な時期にある時、孤独に感じ、自分一人で闘っているように思えることがよくあります。そして、孤独で独りぼっちに感じていると、絶望感が生み出されることがあるものです。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 主はどのようにあなたを見ておられるのか

    長年の友人から、彼女が世話しているジェイさんという受刑者の質問に答えるのを助けて欲しいと、メールがありました。

    著者:マリア・フォンテーン

  • イエス、その生涯とメッセージ: ベタニヤで香油を塗られる

    ヨハネ11章には、イエスがラザロを生き返らされたことが書かれています。[1] この奇跡の結果、祭司長たちやパリサイ(ファリサイ)人たちは、イエスは殺されなければいけないということで意見が一致したので、イエスを逮捕するため、居所を知っている者は届け出なければいけないという命令を出しました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 全き平安

    聖書的な原則は、いつまでも変わることがありません。状況や年齢や、生きている時代に関係なく、それらはこれまでと同様、今日においてもやはり真実なのです。聖書には、神が私たちに、不安やストレスや恐れの代わりに、全き平安を与えたいと望まれていると書かれています。

    著者:マリア・フォンテーン


  • ライフバランスチェック(パート1):主と過ごす時間

    私たちは皆、主と過ごす時間は何よりも重要であることを承知していますが、「御言葉の時間」や「デボーション」「祈りの時間」という概念に慣れきっていて、悲しいことに、それがマンネリ化してしまうことがあります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエス、その生涯とメッセージ:マルタよ、マルタよ

    福音書の3箇所に、イエスの親しい友人である2人姉妹とその兄弟、つまりマルタ、マリヤ、ラザロとの交流の様子が書かれています。「イエスは、マルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた」 [1] とあるように、イエスはこの家族とごく親しい関係にありました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 高く舞い上がる

    あなたが何らかの形で罪悪感や悔恨の念、あるいは良心の呵責や自責の念を感じることがあるなら、以下のメッセージが希望を与えてくれるかもしれません。

    著者:マリア・フォンテーン


  • イエス、その生涯とメッセージ:光

    イエスは、その時代(世代)の、しるしを求めていた者たちを叱り、彼らがしるしを与えられることはない[1] と言われたのに続けて、3つの格言の形で光について話をされました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:愛

    第1ヨハネ書には、「神は愛である」[1] また「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである」 [2] と書かれています。旧約聖書には、「神は愛である」という表現は見られないものの、その全体を通して、神の愛について書かれています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエスが語った物語:待っている僕(マルコ13:34–37およびルカ12:35–38)

    マルコとルカの福音書で、イエスは2つの別々のたとえを用いて、ご自身の再臨(時の終わりに再び来られること)について語っておられます。内容は若干異なりますが、どちらも同じことを伝えているので、一緒に取り上げたいと思います。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • イエス、その生涯とメッセージ:「わたしはある」宣言―ぶどうの木

    イエスの最後の「わたしはある」宣言は、先回の「わたしは道であり、真理であり、命である」 という宣言と同様、死ぬ前の晩にされました。イエスを裏切るユダが集まりの場を去った後、イエスは最後の数時間を用いて、残りの弟子たちを慰め、また教えられました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 神を賛美する

    神に栄光を帰すことは、信仰生活の鍵となる要素です。神は私たちの創造主、救い主、王、そして神であり、私たちの賛美と愛慕と礼拝を受けるにふさわしい方です。私は、すべきほど十分に賛美とほまれを神に捧げていない、ということがよくあります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • イエス、その生涯とメッセージ:「わたしはある」宣言―良い羊飼い

    ヨハネ第10章の前半で、イエスはこう言われました。

    はっきり言っておく。わたしは羊の門である。わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。‥‥わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。[1]

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:忠実と正直

    旧約聖書でも新約聖書でも、忠実について多くが語られています。定義上、忠実とは、いかなる状況においても、誰か、あるいは何かに対して常に真心をもってことを行うという概念を表しています。また、自分のした約束をしっかりと実行することも表しています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 無条件の愛

    神の本質を短く言い表そうとする時、私には「無条件の愛」という言葉が思い浮かびます。言うまでもなく、神の性質は多様であり、たった一言で言い表せるものではありませんが、....

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 私の宝を発掘する

    あなたはどうかわかりませんが、私は、仕事やその他の問題に関係したストレスのせいで、過度にそのことを考えてしまうことがあります。

    著者:マリア・フォンテーン


  • 祝福された新年

    元旦には、いつも旅の始まりのように感じます。終えたばかりの前年の旅を振り返り、新しい年の希望や夢、ゴール、コミットメントについて思いをはせる時です。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:希望

    (本記事の一部は、ランディー・フレイジー著『Think, Act, Be Like Jesus』[1] から要約されたポイントをもとに書かれています。)

    福音書を読むと、イエスはご自身がいずれ苦しみにあって殺されることを前もってご存知であり、また、死からよみがえるのもご存知であったことが明らかです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:あわれみ

    イエスの生涯について福音書に書かれていることを読んでいくと、イエスが他の人にあわれみを示し、弟子たちにも同様にあわれみ深くあることを教えられたことが極めて明白になってきます。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:赦すようにとの呼びかけ

    福音書には、イエスが鞭打たれ、殴られ、そして十字架に釘付けにされたことが書かれています。十字架にかけられて死にゆく中でイエスが語られた最後の言葉の中に、「父よ、彼らをおゆるしください」[2] というものがあります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:親切と善意

    使徒パウロは、敬けんな生活を送ること、聖霊の内に、また聖霊に導かれて生きることについて書いており、その中で、敵意、争い、そねみ、怒り、ねたみ[1] など、彼が「肉の働き」(肉の業、肉の行い)と呼ぶものをリストアップしました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:優しさ

    キリストのようになることの一つの側面で、他の多くのものと比べてあまり注目されないのは、優しさです。少々意外なことに、優しさや柔和という言葉は、イエスと父の両方を指して、聖書の随所で用いられています。また、聖霊の実の中にも含まれています。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:平和・平安

    聖霊の実の一つである平和(平安)は、私たちがよりイエスのようになるために重要な役割を担います。それは神と正しい関係にあることに根ざしており、そのような関係を持てるのは神からの救いの贈り物ゆえのことです。また、平和は神に対する私たちの信頼と、神が私たちを愛しておられるという確信の結果として表れたものです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 生きる価値のある人生

    イエスの時代から現代に至るまで、クリスチャンは迫害を経験してきました。私たちの主は、それは主に従う者としての人生の一部であることを、聖書の言葉で説明しておられます。主は言われました。「わたしがあなたがたに『僕はその主人にまさるものではない』と言ったことを、おぼえていなさい。もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害するであろう。」

    著者:マリア・フォンテーン

  • もっとイエスのように:忍耐

    出エジプト記には、モーセがシナイ山に登った時に、神がその性格をいくらか明らかにされたことが書かれています。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:自制

    ガラテヤ5章で、パウロは御霊の実を9例あげており、それは愛から始まり、自制(節制)で終わっています。クリスチャン的性格を培い、よりイエスに似た者となることの一環に、聖霊の力によって自分を、つまり自分の情緒や欲望や感情をコントロールする能力をつけることがあります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:謙遜(パート2)

    『謙遜(パート1)』で触れたように、私たちはイエスによる謙遜の手本にならうよう勧められています。パウロはキリストの謙遜について書いている時、クリスチャンのすべきこととして、こう告げました。「互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。」

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:謙遜(パート1)

    キリストに似た者となることを追求する上で一つ大切な要素とは、イエスの謙遜さにならうことです。そうやって謙遜を「身に着け」、誇り(高ぶり)を「脱ぎ捨て」ることによって、私たちはよりイエスのようになろうと努めるのです。古代ギリシャ・ローマ社会において、謙遜は良くない特性として見られ、下層階級とされた者が示す卑屈な態度を意味していました。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:喜び(パート2)

    キリスト教的喜びについて調べていた時、私は、喜びが信仰、希望、そして感謝の心と密接に結びついていることに興味を覚えました。この主題に関する最初の記事で触れたように、信者にとって喜びとは、神への信仰、聖書を通して神が語られたことへの信頼、そして‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:喜び(パート1)

    イエスとその教えを模範として生きようとする時、その努力において喜びが重要な役割を果たします。イエスが福音書で喜びについて具体的に言及されたのは2度だけですが、イエスの生涯の出来事や教えには喜びが満ち満ちています。また、新約聖書にも旧約聖書にも、喜びに関する言及や例が数多く見られます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:感謝の心(パート4)

    感謝の心とは、神への感謝というレンズを通して状況を見たり、感謝の気持ちを表すような振る舞いができるようにしてくれる思考態度です。そういった振る舞いとは、これまでの記事にも書かれているように、満ち足りた気持ちを育むこと、神が与えてくださった全てのものを感謝すること、そして、感謝の心を破壊するねたみ、貪欲、強欲を克服しようとすることなどです。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:感謝の心(パート3)

    前回の記事で、満ち足りた気持ちを「身に着ける」ことは、感謝の心を持つことの大切な要素であることを見てきました。今回は、感謝の気持ちの3つの「破壊者」を中心に扱います。感謝の気持ちを強めるために、取り除いておいたほうがいいもので、その破壊者たちとは、ねたみ、貪欲、そして強欲です。まず、ねたみから行きましょう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:感謝の心(パート2)

    新約聖書に書かれ、また本シリーズでも随所に出てくることですが、キリストに似た性質を育てるには、「身に着ける」ことと「脱ぎ捨てる」ことが求められます。感謝の心は、よりイエスのようになる上で重要な要素なので、感謝の心を培うために踏むといいステップや感謝の気持ちの欠如を打ち消すためにできることについて学ぶことは、私たちが帆を上げる助けとなります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:感謝の心(パート1)

    よりキリストに似た者になるとは、聖書の教えをより熱心に適用することによって、また、聖霊の導きと恵みによって、より良いクリスチャンになることです。このような適応には二つの側面があります。第一に、神の教えにかなわないことを捨て去ることが求められます。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 2017年—振り返り

    1年が過ぎ去り、新しい年が始まろうとするとき、何百万もの人が新年の誓いを立て、何らかの形で人生を改善する計画を実践しようと決意します。私自身も以前はそうしていましたが、決意をしても守れない92%の人と同じで、私の新年の誓いは、1月の終わりぐらいにはたいてい消えて無くなりました。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:クリスチャン的性格(パート2)

    少し前の記事である「キリストに似た者となることの基盤」で扱ったように、よりイエスのようになるには神への献身を要します。それは神に対して敬意の念を抱くことと、私たち一人一人に対する神の愛を理解することとに根ざしています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:クリスチャン的性格(パート1)

    イエスのようになることについて鍵となる要因は、神の教えにかなった性格を育むことです。全ての人に性格があります。性格は個人に特有の性質と定義されており、それがその人の感じ方、考え方、振る舞い方に反映されます。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:キリストに似た者となることの基盤

    信心深さやキリストに似ることを追い求めるにあたり鍵となる要素は、よりイエスのようになることは神との正しい関係の上にのみ築かれるということです。信心深さとは、神との個人的な関係であり、また、その関係から生じる行動であると言えます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:聖性(パート4)

    『聖性』パート1から3では、神が善と聖の基準であることを見てきました。神は聖書を通してご自身の道徳的御心を明らかにされており、そのように聖書で示された御心は神の性質のあらわれです。よりイエスのようになりたいのであれば、神の性質をあらわすような生き方をするのを目指すことでしょう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:聖性(パート3)

    (本記事は、ギャリー・フリーゼンの著書『Decision Making and the Will of God』[1] からのキーポイントをもとに書かれています。)

    「聖性」のパート1とパート2で見てきたように、キリストに似ること、神のさまに似ることは、自分の意志を神の意志に沿ったものに変えていくことによって、もたらされます。もっとイエスのようになりたいなら、まず、神の御心を理解して、それによって、自分の意志を神の意志に合わせられるようにすることです。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:聖性(パート2)

    (本記事は、ジェリー・ブリッジズの著書『The Pursuit of Holiness』[1] からのキーポイントをもとに書かれています。)

    よりイエスのようになる方法を探る時に大切なのは、神の聖性とは何を意味するのか、そしてどうすれば私たちもそれにあずかれるのかを考察することです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:聖性(パート1)

    このシリーズで引用された、鍵となる聖書の言葉の一つにエペソ4:22–24があります。

    あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:新たにされること

    今回の2つ前の記事、「神に似せて造られた」パート1と2で触れたように、イエスのようになるには私たちの「内なる人」――心、意思、情緒、思い(意識と潜在意識)、魂、霊――が新たにされる必要があります。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • もっとイエスのように:神との交わり(パート2)

    先回の記事(『神との交わり、パート1』)で見てきたように、神との交わりを持つことが、もっとイエスのようになることの鍵です。この交わりにあって、私たちは神との関係を発展させ、愛と親近感を深め、真に神を知るようになります。神を知れば知るほど、もっと神と一緒にいたくなります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 鍋やフライパンのように

    最近、間違った選択というテーマについてじっくり考えていました。私自身、幾つか間違った選択をしたところだったので、少しがっかりしていたのです。あなたは自分が犯した間違った選択をどう見るかで、苦労したことはありますか? 

    著者:マリア・フォンテーン

  • もっとイエスのように:神との交わり(パート1)

    もっとイエスのようになりたいと願うなら、その基礎とするための根本原則を見つけておくと助けになります。どれだけキリストに似た者となっているのかは、私たちの決断や外面的な行動にあらわれますが、それは内面的にあなたがどうあるかということから生じます。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 睡眠:生きる上で不可欠なもの

    やりたいことや、やるべきことをするための時間が、何時間も睡眠時間に奪われているように思えるときなど、どうしてそんなに眠らないといけないのかとイライラしたことはありますか? なぜ神は、私たちの体がそれほどの睡眠を必要とするように造られたのでしょう。

    著者:マリア・フォンテーン

  • もっとイエスのように:序文と背景(パート2)

    『もっとイエスのように』シリーズ序文のパート1では、神の御心にかなった、キリストのような生き方という概念について、旧約聖書や福音書に書かれている ことから説明してきました。パート2では、キリストのような生き方について書簡には何と書かれているかを中心に扱います。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • もっとイエスのように:序文と背景(パート1)

    私がこれまでで一番好きな歌のひとつに「I Want to Be More Like Jesus」(もっとイエスのようになりたい)があります。この曲を聞いたり歌ったりするたびに、信仰の実践における重要な側面を思い出します。これはクリスチャンとしての信仰の旅路の重要な要素、つまりキリストと似た性質を人生で身につけていくことを含む短い祈りとしても歌えます。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 親しく、そして個人的に

    「私が長年守ってきた決まりとは、主イエス・キリストを個人的な友としてとらえることです。イエスは信条でも単なる教理でもありません。私たちが持っているのは主ご自身なのです。」—ドワイト・L・ムーディー

    著者:マリア・フォンテーン

  • 不安に感じていますか?

    つい最近読んだ記事にあったのですが、聖書で一番好まれている聖句はピリピ4:6–7だそうです。その聖句で、使徒パウロは教会に対し、このように教えています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 3つのリマインダー

    現代社会でイエスに従う者として生きることは難しい課題ですが、私たちの思考や行動や毎日の日々が神の御旨に沿った原則に導かれている時には、舵をとって進むのがもっと楽になります。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • ドラゴンを退治せよ!

    あなたがたは強く、かつ勇ましくなければならない。彼らを恐れ、おののいてはならない。あなたの神、主があなたと共に行かれるからである。主は決してあなたを見放さず、またあなたを見捨てられないであろう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • アイデンティティーについて、パート2

    キリストにあってのアイデンティティーというテーマで出したパート1のフォローアップとして、さらに広範囲にわたるリストを掲載したいと思います。これですべてというわけではありませんが、もし適用するなら、他の人たちに主の御霊を示す助けとなるような、素晴らしい恩恵や利点、賜物、能力の幾つかが挙げられています。

    著者:マリア・フォンテーン

  • 誰が愚か者なのか?

    4月1日は、世界中数多くの国で、一般にエイプリルフールデー(4月バカ)として知られています。私がまだかなり若かった頃ですが、エイプリルフールと、誰が本当にバカ(愚か者)であるかについての考え方が変わりました。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • アイデンティティーについて、パート1

    キリストにあっての、私たちのアイデンティティーとは何なのでしょう? クリスチャンの講演家や作家の多くが、キリストにあってのアイデンティティーについて論じてきました。

    著者:マリア・フォンテーン

  • 新年--その喜び、充実、幸せ

    私たちは皆、信仰や人間関係、仕事、精神面などにおいて前進するための、数えきれない機会と可能性をもってこの一年を迎えます。当然、どの分野においても、進歩を遂げるには、決意‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • クリスマスの傑作を制作する

    イエスの信者がイエスの意図されている通りに生きている時、その人生は美しいものとなります。クリスチャンであり、神との関係を持っていることは、毎日の経験に浸透しているもの、私たちの決断に組み込まれるべきものであり、自分自身や他の人に対する見方、そしてこの人生に対する見方に、影響を与えるべきものなのです。

    著者:マリア・フォンテーン


  • 霊的鍛錬:祝賀

    本シリーズで扱う最後の鍛錬は、祝賀です。祝賀は他の霊的鍛錬による結果なので、締めくくりとするのにふさわしいものでしょう。鍛錬を行う目的は、私たちの人生を変え、イエスに倣うことです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • きっかけを待っていてはダメな場合

    先日、全く知らない人から連絡があり、ホルモン関係のある専門医について、私の意見を求められました。その人と私との共通の友人が、私が以前その専門医の所に行ったことを知っていて、私の電話番号を彼女にあげたのでした。

    著者:マリア・フォンテーン

  • 霊的鍛錬:日誌

    あなたはたびたび手を休めて、神との関係についてじっくりと考えたりしますか? 霊的生活における進歩や活力度や安定性を評価したり、自分がイエスの弟子としてどのように成長しているかを評価することはありますか?

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 報酬

    聖書全体を通して、色々な箇所に、忠実な者にはこの人生においても来世においても、報酬(報い)が与えられるという約束が数多くあります。しかし、これらの約束の本質は何なのでしょう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:学び

    学びとは一生涯のものであり、色々な意味で生活の質を高めるものです。私たちは勉強によって学んだり、経験によって学んだりします。子どもの頃の学校教育は基本を教えてくれ、さらなる学びのための手段を提供してくれます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:告白

    スコットランドの有名な格言に、「告白は魂のために良い」という言葉がありますが、まさにその通りです。主とのつながりを深め、神を中心とした生き方をしようとしている時、罪の告白は重要な役割を果たします。...

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 5つの法則:霊的成長

    彼は‥‥神を求めることに努めた。彼が主を求めた間、神は彼を栄えさせられた。肉体的に丈夫でいたければ、正しく食べ、運動し、肉体面での良い習慣をつけることに時間と努力を注がなければなりません。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:福音伝道

    イエスは、よみがえられてから昇天なさるまでの間に、弟子たちに指示をお与えになりました。ルカは、40日に渡ってイエスが姿を現され、神の国について語られたと告げています。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:礼拝(パート1)

    イエスは、井戸ばたでサマリヤ人女性と話していた時に、こうおっしゃいました。しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 霊的鍛錬:孤独と沈黙

    私たちクリスチャンは、主の近くを歩み、主の性質と御旨に調和した生き方をし、他の人たちにとって祝福になりたいと願っています。霊的鍛錬は、このような努力全般において私たちの助けとなります。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 神の御旨に沿った決断をする、パート2:自分の決断について責任を負う

    重要な決断に迫られ、明確な導きを必要としているのに、神がまるでサイレントモードに切り替わったように、うんともすんとも言ってくれないと感じたことはありますか? まさに、重要な決断をする助けとなる的確な答えがほしい時に。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 神の御旨に沿った決断をする、パート1:神の御心を見いだす

    神の姿に似せて造られた人類の性質の一つに自由意志があり、そこには、決断をする能力と、その決断の結果についての責任の両方が含まれています。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 霊的鍛錬:断食

    断食は、多くの人にとって難しい霊的鍛錬でしょう。私たちの多くがそうだと思いますが、私も何度か断食したことがあるものの、それはずっと前のことで、実際、もう何十年も前のことです。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:祈り

    祈りという霊的鍛錬は、神との関係において鍵となる要素です。それは神とのコミュニケーションのための主要な手段だからです。私たちは祈りを通して、創造主と会話することができます。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 霊的鍛錬:聖書を内に取り入れる

    神との関係を開花させたいと願い、霊的成長に関心があるクリスチャンは、神の言葉を読み、吸収することに費やす時間が極めて重要であることを認識しています。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム


  • 霊的鍛錬:前書き

    イエスの教えに沿った生き方をし、もっと主のようになろうとすることは私個人の目標であるし、きっと私たち多くの目標でもあると思います。私たちは、愛情深く、憐れみ深く、寛大で、ゆるしに満ち‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • クリスマスの激励会!

    クリスマスのことを考えていました。イエスが手本を示されたのは、私たちの信仰が毎日の生活に浸透するためなのに、神はどういうご計画でクリスマスというひとつの行事がこれほどまでに目立ったものとなることを許されたのだろうと思ったのです。

    著者:マリア・フォンテーン

  • TFIの主要理念:霊的な解決策

    人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、

    著者:ピーター・アムステルダム


  • TFIの主要理念:弟子であること

    それから、みんなの者に言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」。互に愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • TFIの主要理念:神の御霊の追求

    このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。イエスは彼に答えて言われた、「もしだれでもわたしを愛するならば、わたしの言葉を守るであろう。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • TFIの主要理念:神への情熱

    わが神よ、わたしはみこころを行うことを喜びます。あなたのおきてはわたしの心のうちにあります」と。
    神よ、しかが谷川を慕いあえぐように、わが魂もあなたを慕いあえぐ。わが魂はかわいているように神を慕い、いける神を慕う。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • イエスが語った物語:パリサイ人と取税人(ルカ18:9–14)

    パリサイ人(ファリサイ派)と取税人(徴税人)のたとえ話が書かれているのは、ルカ書の18章9-14節だけです。このたとえ話が触れていることのひとつは、救いについての基本要素です。では、まず物語に出てくる二人の登場人物を見てみましょう。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 喜びの秘訣

    この人生を生き抜くための励みとして、幸せな経験や、喜び、平安、満足の時が必要な理由はすぐにわかります。でも、苦しみ、病気、孤独、悲しみがなぜ必要なのかを理解しようとすると、わけがわからなくなることがあるものです。

    著者:マリア・フォンテーン

  • フィーベとの出会い

    二ヶ月足らず前のこと、私は思いがけなく、とても特別な経験をしました。私はアメリカに用事があり、サンアントニオへ行きました。そこにはTFIメンバーの夫婦であるキースとキャリンがいて、助けになれることがあれば何でも、と申し出てくれたのです。‥‥

    著者:マリア・フォンテーン


  • 神への恐れ

    最近、私は好奇心をそそられる、あるトピックに出くわしました。それは神への恐れです。聖書には神を恐れることについてかなり書かれているので、人によっては、それは神の怒りを受けることを恐れているという意味であり、神を怖がるべきだという印象を受けるかもしれません。...

    著者:ピーター・アムステルダム

  • そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の遍在性

    神が宇宙とその中の万物を創造された時、物質やエネルギー、時間と空間をお造りになりました。私たちの住む世界は3次元の物質的な世界であり、物理法則に よって制限されています。この世界では、物質や肉体は一度に一箇所にしか存在できず、その存在する空間しか一度に占めることができません。

    著者:ピーター・アムステルダム

  • ハッピー・バレンタインデー

    バレンタインデーは人々が互いに愛のこもった特別なプレゼントを交換し合う日となっていますが、その日のことを思うと、私は何よりも、神の御子イエスという形で神が私たちにくださった、偉大な、犠牲的な贈り物のことを考えます。‥‥

    著者:マリア・フォンテーン


  • 愛し、生き、宣べ伝え、教える:結び

    弟子としての4つの要素である「主を愛する」、「主の教えに生きる」、「主を宣べ伝える」、「主について教える」を話していく中で、私は、活発なクリスチャン、つまりキリストの弟子であることの原則に重点を置いてきました。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 愛し、生き、宣べ伝え、教える:主の教えに生きる、パート3

    今回の記事でも引き続き、「主の教えに生きる」ことに関連した原則を幾つか見ていきたいと思います。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-生ける、人格をもった神

    このシリーズでは、神の性質、存在、性格の様々な側面を扱っていきます。最初に、神は生きており、人格があること、そして、それが私たちにどんな意味を持つかを見ていきましょう。

    著者:ピーター・アムステルダム


  • イエスのように

    時折、私は自分が生きていく上でイエスの教えをどう当てはめるべきか、考えたり祈ったりします。そうするのは賢明なことだと思うのです。最近、どうすれば毎日の生活に信仰をもっとうまく適用できるかを黙想していました。‥‥

    著者:ピーター・アムステルダム

  • 現実の世界での信仰

    私はよく、たくさんの信仰があると人から言われますが、現実の世界においてはどのように事がはこぶのでしょうか。信仰によって、私にはどのような目に見える益があるのでしょうか。‥‥

    著者:マリア・フォンテーン

  • さらに、私の信仰の宝箱から

    最近、「私の宝箱にある3つのもの」の中で、私が信仰に焦点をあて、大変な時期に励ましを見いだすのを助けてくれる3つのことについて書きました。・・・

    著者:マリア・フォンテーン


  • 神はどれだけ気にかけておられるのか

    最近、ほんの1週間の間に3人の人が別々に、3つの関連しあった事を話しているのを聞いて、神が私の人生にどう関わり、関与しておられるかを考えさせられました。・・・

    著者:ピーター・アムステルダム