'そのすべての核心にあるもの' というタグの付いた記事
-
そのすべての核心にあるもの:聖霊―御霊の賜物、パート2
今回の記事は、パート1で始めた様々な御霊の賜物についての簡単な説明の続きです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:聖霊―御霊の賜物、パート1
福音書の随所にイエスの人生と宣教が聖霊によって力を与えられていたことが書かれています。イエスの宣教が始まったのは、ヨルダン川でヨハネからバプテスマをお受けになり、天が開いて御霊が鳩のように下って来られた後のことです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:聖霊―私たちの人生における聖霊の働き
聖霊がペンテコステの日に最初の弟子たちの内に現れ、それ以降も信者たちに与えられてきたことは、ヨエル書にある預言の成就です。それは、ペテロが聖霊に満たされてから引用しているとおりです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:聖霊―聖霊と歴史
前回の記事では、聖霊がいかにして信者たちに下られたのかを説明する使徒行伝の様々な記述を読みました。その人が信じたとき、同時に聖霊が与えられたこともあれば、まずは信じて、後になってから御霊が与えられたこともあります。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:聖霊―聖霊と原始教会
このシリーズの最初の2つの記事では、旧約聖書において、またイエスの生涯において、聖霊がいかにして特定の個人に、また特定の目的のために、下って来られたかを見てきました。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:聖霊―聖霊とメシア
前回の記事では、主の霊が旧約聖書においてどのようにあらわれたかを見てきました。神の霊は特定の人のうちに動き、その人に力を与え、預言をさせ、様々な 能力で塗油します。旧約聖書では全般的に言って、主の霊は特定の人に、また一時的にのみ、下ってきて交わりを持たれました。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:聖霊―旧約聖書における聖霊の記述
旧約聖書では、ひとつの神のうちに三つの位格、つまり父と子と聖霊とがあることは、まだ啓示されていませんでした。それはイエスの宣教、死、復活や昇天、そしてペンテコステの日の聖霊降臨などがあった時やその後になってから、啓示され始めたことです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:救い-あらかじめ定められているのか
先回の記事では、救いは確実なのか、または救いを失う可能性があるのかということについて、プロテスタント内での異なる見解について書きました。救いに関するプロテスタント諸教派の様々な神学において、顕著な違いがもう一つあります。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:救い-永遠の救い
クリスチャンはすべて、イエスが人間の罪のために死なれたことや、十字架でのイエスの死という犠牲によって私たちが救われたことを信じていますが、その救いが永遠のものなのか、あるいはそれを失うことがあるのかということについては、教派によって信条の違いがあります。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:救い-その結果-義認、養子縁組、再生
救いに関するこれまでの記事で、神のあがないの計画がどのようなものなのかを説明する4つの概念について見てきました。その計画によって私たちが神と和解し、自分の罪に対する罰から救われることについてです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:救い-身代わりの犠牲と和解
先回の記事では、あがないの供え物とあがないの代価を扱いました。それは、イエスの死がいかにして罪に対する罰から私たちを救い、神との和解を果たさせるのか、ということを理解するのを助けてくれる、聖書にもとづく4つの概念のうちの2つです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:救い-あがないの供え物とあがないの代価
先回の記事 では、人間のあがないに関する神の計画が人類創造の前から据えられていたことや、それが神の性質の大切な部分である愛とあわれみと恵みとに根差していることがわかりました。今回は、もう少し具体的なことで、十字架上のイエスの死が、いかにして罪のゆるしと神との和解をもたらしたのか、イエスの死によって、いかにして罪のあがないがもたらされたのかを見ていきます。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:救い-神の計画
新約聖書の核となる教えは、聖書中で最も美しい節のひとつである次の言葉に見出されます。神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:罪-罪に程度の違いはあるのだろうか
これまでのところで、「原罪」および自分たちが犯す「自罪」が、神に対する私たちの「法的」立場に影響を与えることがわかりました。私たちの犯す罪はすべて、神の聖さに対する違反です。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:罪-罪の影響
人間は罪深い性質を持ち、普遍的に罪を犯すものなので、私たちは皆、罪の影響を受けます。罪は私たちの「法的」な立場に影響を与えます。つまり、神の御前に私たちを「有罪」の立場に置きます。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:罪-人間の罪深い性質
これまでの記事で、全ての人は罪を犯すことや罪は普遍的であることを聖書が教えていると説明してきました。聖書には、人間は生まれたときから罪深いと書かれており、それは、人間が罪深い性質を備えて生まれるということを示しています。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:罪-この世における罪の起源
罪に関する先回の記事で、罪が最初に被造物に入り込んだのは、天使の世界、つまり霊界であって、それは堕天使が罪を犯したときであると述べました。聖書は、創世記第3章にあるアダムとエバの不従順の話で、罪が物質世界に入り込んだ時のことを説明しています。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:罪-罪とは何か
これからいくつかの記事で、罪について取り上げたいと思います。罪の定義や起源、また罪が人間と世界に及ぼした影響を扱っていきますが、罪からのあがないに関する神の御計画についても触れます。(あがないについては、この一連の記事が終わってから詳しく説明します。)
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:人間-何のために人間が造られたのか
人間に関する今までの記事で、神はこの地上にユニークな生物を造り出されたことを見てきました。ご自身にかたどり、似せて造られた生物です。そんな生物である人間には、神に似ているところがいくつもあることを知りました。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:人間-物質と非物質
聖書は、人間は物質的な要素と非物質的な要素とからできており、その両者が合わさって一人の人間という統一体をなしていると教えています。物質的な要素(体)と非物質的な要素(魂・霊)とが結びついて、一個の人間ができあがるのです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:人間-神のかたちと似姿に造られた(パート2)
前回の記事では、罪が人類に入り込んだ時に起きた変化や、人間の中にある神のかたちと似姿の質が落ちたことについて説明しました。そのようなことがあっても、人間は以前のようにはっきりとではありませんが、神のかたちを今でもとっているのです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:人間
創世記1章の天地創造の説明によれば、人間は最後に造られたものです。宇宙とその中にあるすべてのもの、つまり太陽や月や星や惑星、海陸、そして獣、魚、鳥も、すべて人間より先に創造されました。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:人間-神のかたちと似姿に造られた(パート1)
神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り‥‥。」 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し‥‥。[1] この聖句が述べているように、人間は(男女ともに)神のかたちに、神にかたどって(似せて)造られています。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-結び
神の性質と性格を調べてみると、神には多くの属性があり、その属性のすべてが神の本質であることがわかります。神は「部分的に」義であり「部分的に」憐れみ深いとか、時々忍耐があり、別の時には怒っている、というものではありません。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の全能性
何もないところからすべてを創造された、つまり「無からの創造」(ラテン語で「クレアチオ・エクス・ニヒロ=creatio ex nihilo)をされた神は全能です。神の無限の力について英語で昔から使われている言葉は「omnipotence」です。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の遍在性
神が宇宙とその中の万物を創造された時、物質やエネルギー、時間と空間をお造りになりました。私たちの住む世界は3次元の物質的な世界であり、物理法則に よって制限されています。この世界では、物質や肉体は一度に一箇所にしか存在できず、その存在する空間しか一度に占めることができません。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の全知性(パート2)
先回の記事では、神の全知性について扱いました。神が持っておられる、神ご自身に関する知識、過去・現在・未来についての知識、仮説的知識(中間知、『あらゆる可能的なもの』についての知識)などです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の全知性(パート1)
神は無限で至上の存在であるため、その知識は限りありません。完全にすべてをご存知です。それを表すために一般に使用される神学用語は英語で「omniscience」(日本語では「全知」)です。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の不変性
神の不変性、つまり、変わることなく、常に同じであるということは、神性の一部です。それは、神の存在、完璧さ、決意、約束は、変わることがないということを意味します。神の性質や性格は変わることがないのです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の永遠性
永遠性も、神の本質の一部です。神は永遠の存在です。宇宙の創造の前から、つまり時間が造られる前から、存在しておられました。神には始まりも終わりもありません。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の自存性
聖書の一番最初の節や他の幾つもの節は、天と地が造られる前から神が存在しておられことを教えています。はじめに神は天と地とを創造された。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の愛
今までの記事で、聖性、義、公正、怒り、憐れみ、忍耐、恵みといった、神の様々な属性について書いてきました。今回は、神の愛についてです。皆に愛されている聖句のひとつに第1ヨハネ4:8があり、それは「神は愛である」と語っています。たしかに、神は愛です。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の怒り
これまでの記事で、神の完全な聖性や義と公正が、神の性質と性格の一部であることを見てきました。悪や罪に対する神の怒り、憤りも、神の性質のなくてはならぬ一部なのです。神は聖なる方なので、聖や善を喜ばれ、神の本質そのものが罪に反対しています。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-忍耐、憐れみ、恵み(パート2)
神の憐れみとは、苦難や悲痛を味わっている人、助けを必要とする人に対して示される神の愛や優しさであると理解することができます。それは、受けるにふさわしくない人にも示されるのです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-忍耐、憐れみ、恵み(パート1)
聖なる方であり、義であり、公正であるのみならず、神はその性質と性格において忍耐強く、憐れみと恵みに満ちた方です。旧約聖書では、この3つの属性がよく一緒に語られています。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の義と公正
神の属性の中でも、神の聖性(聖なること)と関係の強いものは、神の義です。義とは、正しさ、善性、徳、道徳的正しさです。神の義には公正(正しさ、正義)も含まれます。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神の聖性
神は、他のいかなるものとも違う存在様式を有します。創造されておらず無限なのは神のみであり、他の全ては創造されており、限界があります。そのように、神はどんな被造物とも異なった存在なのです。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-神は霊
ヨハネ4章で、イエスが井戸のところでサマリヤの女にこう話しておられます。神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである。[1]イエスは、神は霊であると言われました。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格-生ける、人格をもった神
このシリーズでは、神の性質、存在、性格の様々な側面を扱っていきます。最初に、神は生きており、人格があること、そして、それが私たちにどんな意味を持つかを見ていきましょう。
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:神の性質と性格
このシリーズの「三位一体」のセクションでは、父、子、聖霊という、三位一体の神の三つの位格について取り上げました。...
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:受肉(パート3)
先の記事では、最初の7世紀の間に教父たちがどのように受肉の教義に取り組んだかを見てきました。ロゴスであり、子なる神であるイエスが、完全に人間でもある、ということはどういうことなのか、‥‥
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:受肉(パート2)
イエスの位格や、その人性および神性を神学的に定義しようという試みは、おもに二つの時期に起こりました。最初は4−5世紀で、次は19−20世紀です。‥‥
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:受肉(パート1)
「神・人」及び「三位一体」の記事において、イエスの神性、つまり、イエスは真に神であるという聖書の真理を探ってきました。この「受肉」についての記事では、‥‥
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:三位一体(パート3)
三位一体の教義のパート1と2で見てきたように、これは理解するのが簡単な教義ではありません。一部は、私たちの論理的思考による理解の域を超えており、つまりは奥義(神秘)なのです。‥‥
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:三位一体(パート2)
「そのすべての核心にあるもの:三位一体」のパート1では、神は父、子、聖霊という三つの異なる位格からなる存在であり、それぞれが完全なる神性を備え、神のすべての属性を有していること、また、それでいて神は一つであることを見てきました。‥‥
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:三位一体(パート1)
「そのすべての核心にあるもの」シリーズの最初の二つの記事では、新約聖書においてイエスの神性、つまりイエスが神であることが明らかにされていることを見てきました。‥‥
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:「神・人」(パート2)
「神・人」のパート1では、ご自身の神性を明確にされたイエスの発言や行動を幾つか取り上げました。
イエスが地上でのミニストリーをされた何年かの間、彼と共に暮らし、働き、彼のことを近くから見てきた弟子たちは皆、‥‥
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:「神・人」(パート1)
クリスチャンとしての私たちの信仰の核心は、「イエスとは誰か」という、シンプルながら非常に重要な質問に対する答えに基づいています。私たちの信仰を理解し‥‥
著者:ピーター・アムステルダム
-
そのすべての核心にあるもの:はじめに
イエスについて私が特に素晴らしいと思うのは、人生を変える救いの贈り物が、心から信じて求めるすべての人に制限なしで与えられていることです。キリスト教の教義をごくわずかしか知らない人でも、‥‥
著者:ピーター・アムステルダム